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人口・少子高齢化 世界経済

世界を正しく見るには、「グローバル化の終わり」という視点が必要だ

どこに向かうのか、を知るためにも

6月、離脱について国民の信を問うイギリスの総選挙が行われる。国際的な動きに関する話題で昨年から特に目立ったものと言えば、やはりこのイギリスEU離脱問題といわゆる"トランプ現象"ということになるだろう。

フランスの大統領選などを含め、こうした動きについては様々な見方や評価が可能だろうが、"ポピュリズムの台頭"といった視点からの論評が多く、より長期的な歴史の流れの中で、これら諸現象のもつ深い意味をとらえ直すような議論が不足しているのではないか。

ここではそうした関心を踏まえた上で、私から見てこれまで十分論じられてきていないと思える点について述べてみたい。

 

グローバル化の終わりの始まり

それはまず「グローバル化の終わりの始まり」という視点である。

あらためて言うまでもなく、私たちが現在言うような意味での「グローバル化」を最初に本格化させたのはイギリスである。

つまり同国において16世紀頃から資本主義が勃興する中で、たとえば1600年創設の東インド会社――これは株式会社の起源ともされる――に象徴されるように、イギリスは国際貿易の拡大を牽引し、さらに産業革命が起こって以降の19世紀には、"世界の工場"と呼ばれた工業生産力とともに植民地支配に乗り出していった(それに続いたのがフランスで、アフリカやアジアにもっとも広範に植民地をもったのがこの両国だった)。

その後の歴史的経緯は省くが、そうした他でもなく"グローバル化を始めた国"であるイギリスが、経済の不振や移民問題等の中で、グローバル化に「NO」を発信するに至ったというのが今回のEU離脱の基本的な性格と言うべきではないか。

つまり「グローバル化の始まり」を先導した、そのイギリスにおいて、「グローバル化の終わり」もまた始まったのである。

アメリカのトランプ現象も似た面を持っている。20世紀はイギリスに代わってアメリカが世界の経済・政治の中心となり(パクス・アメリカーナ)、強大な軍事力とともに「世界市場」から大きな富を獲得してきた。

しかし新興国が台頭し、国内経済にも多くの問題が生じ始める中、TPP離脱や移民規制など、まさに「グローバル化」に背を向ける政策を本格化させようとしている。

イギリスを含め、ある意味でこうした政策転換はまさに"都合のよい"自国中心主義であり、グローバル化で"得"をしている間は「自由貿易」を高らかにうたって他国にも求め、やがて他国の経済が発展して自らが"損"をするようになると保護主義的になるという、身勝手な行動という以外ない面をもっているだろう。