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脳が壊れて、ようやく妻と僕が求める「優しさの違い」に気づいた

されど愛しきお妻様【9】

ルポライターの鈴木大介さんと、「大人の発達障害さん」のお妻様の笑いと涙の18年間を振り返る本連載。脳腫瘍で倒れたものの、懸命な治療が功を奏して快復しつつあったお妻様。しかし今度は、そんなお妻様を支えるべく、オーバーワーク気味だった鈴木さんが脳梗塞で倒れてしまい……。

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なるべくしてなった

お妻様が脳腫瘍を患い、5年生存率8%の告知を受けてから3年半の、2015年5月末。僕は41歳で、脳梗塞に倒れた。右側頭葉に、アテローム血栓性脳梗塞発症。原因は高血圧や動脈硬化などというが、自らを顧みてこの脳梗塞は、「なるべくしてなった」のだと思う。

お妻様の死を考えることは、僕にとってはとても耐えきれるものではなかった。当時の僕は、友人にもお妻様本人にも「早く死にたい。お妻様より先に死にたい」とたびたび言っていた。そしてその死の影に怯えるあまり、僕はほぼすべての家事を一人で背負い込んだ。完全に暴走していたのだ。

お妻様と僕は食事の時間が合わないから、毎日六食を作る。お妻様のメニューに関しては本人の食欲は無視して、高たんぱく高ミネラル高カロリーの免疫対策メニュー。加えて日々の掃除と洗濯と庭の維持と……お妻様にお願いしていたのは、猫の世話と、どうにも手が回らない時の食器洗いぐらいだ。

一方で仕事も詰めて詰めて詰めまくった。稼いでも稼いでも、溜めても溜めても安心はできなかった。

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残念ながら30代前半で脳腫瘍に倒れたお妻様は医療保険にも生命保険にも加入していなかったし、一度脳腫瘍をやってしまえばその後に新規で保険加入は困難だ。再発したらまず予後は絶望的と言われている膠芽腫だから、5年生存率8パーセントは、5年再発率92%とも置き換えられる。

そして、この92%に入ってしまった場合には、最大限の先端医療と最後には苦しむことのない緩和ケアをしてあげたかったから、身を削るようにして働いた。幸いにも(不幸にも)もともと睡眠時間は極端に短い方だったから、起きている間中、仕事を詰め込んだ。

 

そんな中で、脳梗塞に倒れる少し前から「もう無理かな」という予感もあった。特に当時抱えていた週刊漫画連載の原作仕事は猛烈な負荷だった。毎週出版社に赴いて次話の簡単な物語の流れをプレゼンし、担当編集や漫画家の希望を聴取してその場でシナリオ化。さらにそのシナリオを2稿3稿とブラッシュアップする。

そんな作業は最も短くても6時間、最長で16時間ぶっ続けということもあり、出版社に缶詰で作業して明け方に帰宅し、座って休むこともなく台所に立ってお妻様の朝食を作ることが、たびたびあった。ちなみにこうして出かけている間のお妻様の食事も、やはり弁当箱に作り置いて家を出るから、本当に休む間がない。

座ってしまったら立ち上がれなくなりそうで、座れなかった。自らの食事は台所で丼物を作って立ったまま済ませることも少なくなかった。

「このペースで働いているとそろそろ倒れると思う」

そうお妻様に言って、倒れた際に連絡してほしい担当編集や大事な継続取材対象者をリストアップして渡していた。リストを手渡した際のお妻様の反応は覚えていないが、たぶん僕の内心はこうだったとおもう。

「お妻様に生き延びてほしいから家事も仕事もすべて俺が背負い込むし、俺がそうするって言ったけど、君は本当に俺が倒れてしまうまで、そうやって家事も仕事もしないでいるの?」

そう、よく考えなくても僕の脳梗塞は「なるべくしてなった」