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世界中にここまで「しょうゆ」が広まったのには、こんな理由があった

キッコーマン・堀切功章社長に聞く

世界100ヵ国以上でしょうゆを販売するキッコーマン。同社のルーツは17世紀にさかのぼる。江戸に近く、利根川や江戸川を使って原料の大豆や小麦などが入手しやすかった現在の千葉県野田市周辺でしょうゆ造りを始め、1917年、野田の茂木六家と高梨家、流山の堀切家の計八家が合同で「野田醤油株式会社」を設立したのが始まりだ。

なぜ八家でまとまったのか、なぜ昭和期から世界へと打って出たのか。'13年から社長CEOを務める堀切功章氏(65歳)に聞いた。

キッコーマンの堀切功章社長キッコーマンの堀切功章社長

しょうゆ文化をより豊かに

【八家合同】

当社が百年続いているのは「先を読む」DNAがあるからだと思います。大正期に八家が合同したのは「将来、競争が激しくなる」と考え、生き残りを図りつつしょうゆ産業の近代化を目指したから。商標も1940年には「亀甲萬」に統一しています。

また、昭和30年代から多角化を目指し、デルモンテやマンズワインの事業を始めました。同時に国際化をはかり、米国に進出し、現在は営業利益の約7割を海外であげています。これらの戦略がなければ、現在のキッコーマンはありません。

また八家には、入社するのは各家から1世代で1人、役員にするかどうかは保証しない、という不文律があります。誰が言い出し、どう決まったかわかりませんが、これも将来を見通した、先輩の知恵なのでしょう。

【文化】

当社にはしょうゆのトップメーカーとして「日本の食文化を守る」使命があると思っています。全国には様々なしょうゆメーカーがあり、それぞれの地域の味を担っています。当社はそうしたメーカーと協力的な関係を築き、しょうゆの文化をより豊かにしていこうと考えています。

具体的には、食育活動に力を入れています。小学校に社員を講師として派遣する出前授業「キッコーマンしょうゆ塾」や、体験型工場見学などを実施しています。もし子どもたちがスーパーで切り身の魚しか見たことがなく、実際の姿を見てもわからないようでは、日本の食文化が守られているとは言いがたいですよね。

しょうゆも同様に、発酵調味料であることなど、背景を知ってもらってこそ、今後も「文化」でありつづけるのだと考えます。

 

【現場百回】

CEOに就任してから昨年までに約40回にわたり「CEOセッション」という社長と社員が対話するイベントを開催してきました。

健全な企業は、現場の意見が反映されるもの。そこで、今回は管理職、今回は年代別、あるいは女性だけで、と10人程度のグループで話し合いをするんです。「建設的に未来の話をする」とだけ決めていて、どんな意見を言ってもいい。最初はみんな堅いですが、私自身が率先して話すうち、本音も出てきます。

営業の現場も、当社の営業や先方に連絡せず、気軽に見に行きますね。スーパーではまず生鮮売り場から見ます。生鮮と総菜の売り場は特にその店の個性が現れます。「いまのキーワードは『健康』か」など、時代の変化が反映されるから、将来を考えるヒントになるんです。組織作りにせよ、商品構成にせよ、発想の源はすべて現場にあるのだ、と思います。