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文在寅の正体〜「親北・反日」とレッテルを貼って片付けるな!

その人間性と世界観を知る

女性大統領の弾劾という未曽有の事件、そしてその人物が監獄の中で裁判を受ける最中に新しい政権が誕生するというドラマが韓国で繰り広げられている。その主役は新大統領の文在寅(ムン・ジェイン)である。

5000万の人口規模を持ち、世界有数の経済国になった韓国の最高指導者となった文在寅であるが、その人格や思想などについては、ほとんど知られていない。

盧武鉉(ノ・ムヒョン)元大統領の秘書室長というのが彼の政治経歴のメインで、国会議員としては、たった1期4年を務めたに過ぎない。政治の世界で過ごした年月は長いが、政治家としては「新人」といわざるを得ない。

あえていえば、政界での業績をもって最高指導者になったというより、現在、韓国社会を揺り動かしている「渦巻き政治」が産んだ風雲児といってよい。

そこで、明らかになっている情報や、筆者とは同世代で北朝鮮からの避難民の息子という共通する背景から、文在寅新大統領の人格や性向を推論してみる。

 

従来の政治を「超越する」ロマンティズム

文在寅の自叙伝や評伝を読んだ後にまず浮かぶ印象は、彼がロマンティストであるということだ。基本的に、文系の世界で人生を開拓してきた彼のキャリアに大きな影響を及ぼした経験が2つある。

1つは、韓国南部の名門である慶南高校で4回も停学処分を受けたことである。その原因は大体、飲酒や喫煙であった。彼は、「成績は優等生だったが問題児に囲まれて」過ごした高校時代を、ある種の英雄談のように語っている。

もう1つは、法曹人としての彼の経歴を左右した出来事である。韓国で国家司法試験に合格することは人文社会系の人間にとって、出世の登竜門である。さらに、その合格者が受ける司法研修をトップクラスの成績で終えることは、法曹界のスターとして生き残れることを意味する。

彼は1980年、司法試験に合格、82年に司法研修院をトップの成績で終えたが、「当然の」コースである判事任用を拒否された。大学時代に反政府デモを主導した前歴のだめたった。そもそも法曹人を目指す人間が反政府運動を主導するという事自体が、当時の常識では、まるでドン・キホーテなのである。

判事も検事もなれなかった文には、弁護士になる道しか残っていなかった。なのに、その弁護士も一番きつくて「金にならない」、人権弁護士の道を選んだ。盧武鉉と一緒に人権弁護士の道を歩み、盧が大統領になって秘書官として政権に加わった文在寅の人生を貫くキーワードは「正義」だった。

正義の追求を人生の中心軸として置くことができる原動力は、利益の計算を超えて何らかの価値を求めるロマンである。いい換えれば彼の人生観の核心は「超越主義的」(transcendental)である。

すでに始まっている「超越」政策

この性情を非現実的なものと誤解してはいけない。盧が大統領になって大きな役割を提案したが、文は、「私には参謀役がふさわしい」といって、出世を拒む極めて現実的な姿勢を見せた。

盧は文の、こうした人柄に魅了され、自己紹介で「私は文在寅の友です」とまでいったのである。2人ともロマン主義者だったが、盧は前に立つボス、文は後ろに下がって目標を追求する執行者という対照を見せていた。

この「超越主義的ロマン」は、文の大統領就任後、真っ先行われた人事で表現された。大統領府の中で国家全体の司政秩序をモニターする民政首席秘書官に曺国(チョ・クク)という学者を任命した。このポストには伝統的に検事が起用されていたが、文は大統領の真っ先の措置でその伝統を破った。

曺氏は、刑法を専攻した学者としてソウル大学で教えながら、「参与連帯」という左派系の市民団体に長らく関わり、進歩的市民社会論者として文の大統領選挙を支えた。そして、大統領民政首席秘書官として掲げた政策が、検察改革、朴元大統領の国政壟断問題追及とセウォル号調査の再調査である。この政策方針の是非はこの記事のテーマではない。

だが、この方針は、文政権が通常の政治メカニズムを「超越」するロマンチックな傾向を予告している。