オリンピック

東京パラリンピックを大成功させるには、この「奇跡」に学べ

乙武洋匡がロンドン取材!
乙武 洋匡 プロフィール

乙武 実際に、障害者スポーツというものを観戦した方々は、どういった感想を持ったのでしょうか。純粋にスポーツとして捉えてくれたのか、それとも「感動のストーリー」として捉えていたのでしょうか。

ホームズ 「感動のストーリー」を入り口として、障害者スポーツに興味を持ってくれる人がいるのは事実ですが、私たちは「競技」を入り口としてもらうための取り組みに力を注ぎました。

ただ、「感動のストーリー」を入り口としている人に対して、「競技」を入り口にしてもらう、という変化を作ることは、大変難しいものでした。

一度「競技」から入って興味を持つという点まで来たなら、「感動のストーリー」が邪魔で必要ないものになるわけではなく、それはさらなる価値を生む一つの要因になると思います。重要なことは、どんな時も「競技」としてパラリンピックを見てもらうことなのです。

 

乙武 パラリンピックには純粋に「競技」という部分と、素晴らしいスピリットを持った人がハンデを克服する「物語」という側面があると思います。

日本では障害を克服するという「物語」ばかりが重要視されて、純粋なスポーツ・競技であるという点が忘れられがちなんです。ロンドン・パラリンピックをPRしていくうえでは、その二つの価値のうち、どちらを重視してPRしていましたか?

ホームズ それはとても重要なポイントだと思います。私は、「競技」として人々に認識してもらうことが重要だと思っていました。ですので、私たちの行なったプロモーションは全て、その「競技」の部分に重きを置いてきました先ほども申し上げた通り、これは世界トップクラスの「スポーツ」なのだとPRしたのです。

日本は「分断」されています

乙武 日本はその視点がまだまだ欠けているように感じます。ロンドンが「競技」を中心にPRしたことで成功したならば、東京パラリンピックでも、そのあたりを心がけたほうが良さそうですね。

また、日本はつい数年前まで、オリンピック競技などの一般的なスポーツは文部科学省、そしてパラリンピック競技は、リハビリの延長線上だと捉えられていたので、厚生労働省が管轄していました。イギリスでは、どうだったのでしょう。

ホームズ イギリスでは日本と同様に、一般的なスポーツとパラリンピック競技は別の組織が運営する体制でした。しかし、オリンピックとパラリンピックをロンドンで開催することを視野に入れ始めた段階から、それぞれを運営する委員会を統合するべきだということが議論されてきました。

それは、効率のためだけではなく、オリンピックとパラリンピックそれぞれがロンドン、イギリスに与える経済的な効果を考慮しても、非常に重要な点でした。結果、委員会は統合され、オリンピックとパラリンピックの選手のための資金も、同じところから平等に供出されることとなりました。

乙武 ナショナルトレーニングセンターについても、日本では最近までオリンピックの選手は使えても、パラリンピックの選手は使えない、という状況がありました。そのことはご存じでしょうか。

ホームズ ええ。昨年の5月に東京を訪れた際、トレーニングセンターを訪問させていただきました。オリンピックの選手たちと分断されていたのが印象的でしたね。一方で、イギリスではオリンピックとパラリンピックの選手は同じ施設を利用し、同じ規模の資金援助を受けています。

乙武 ロンドンパラリンピックを通して、ロンドン市民の、障害のある方々に対する意識の変化はありましたか?

ホームズ もちろんありました。パラリンピック開催前後の期間に行なった研究調査がそれを裏付けしています。重要なのは、意識の変化が継続することです。そうでなければ、過去に後戻りしてしまいますから。また、パラリンピックの開催は地下鉄のバリアフリー化などといった、別の効果ももたらしました。

乙武 日本ではバリアフリーのために税金を使うということに対して、多くの人の賛同が得られているわけではありません。パラリンピックを経験することで、そうした人々の意識も変化していくものなのでしょうか。

ホームズ ロンドンはヴィクトリア時代(1837年〜1901年)の面影が色濃く残る街で、建物や地下鉄もあまりバリアフリー化が進んでいませんでした。

私たちは、ロンドンパラリンピック開催の2012年までに、大会の会場につながっている駅、ショッピング街につながる駅、観光地付近の駅など、主要な箇所は全て改築しました。