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日本メディアが見誤る韓国・文在寅新政権の「本音」
緊迫の東アジア情勢をどう乗り切るのか
近藤 大介 プロフィール

文在寅の圧勝は当然だった

しかし、おそらく、文在寅新大統領の本音は、一刻も早く李明博元大統領を監獄にぶち込みたい、ということだろう。文在寅という政治家はいわばそれを実現するために政治の道に入ったからである。

文在寅は1982年、盧武鉉とともに釜山で弁護士事務所を開設した。当時は全斗煥軍事政権の最盛期で人権弾圧される市民が後を絶たなかった。そうした弱者を守るべく2人して弁護士事務所を開いたのであった。

1988年に金泳三大統領が退任するとき、同じ釜山を地盤とする自派の政治家として盧武鉉と文在寅に目をつけた。そのとき盧武鉉は政界に転出し、文在寅は政界入りを断った。

文在寅が政界と関わり始めたのは、2002年の大統領選挙に盧武鉉が出馬したときである。釜山一帯の選挙対策本部長となったのだ。

翌2003年2月に盧武鉉政権が発足すると、文在寅は「青瓦台」(韓国大統領府)入りし、民情主席秘書官となった。2007年3月には大統領秘書室長(日本の官房長官に相当)に抜擢された。だが、翌2008年2月に盧武鉉政権が終わると、また釜山で一介の弁護士に戻っている。

運命が変わったのは2009年5月に盧武鉉が自殺したときである。

 

文在寅は葬儀委員長を務め「盧武鉉同志は、李明博大統領に殺された」と判断した。そこで、李明博大統領への復讐心から2012年4月、国会議員となったのである。

その2ヵ月後には大統領選への出馬を表明。李明博大統領への憎悪を前面に出す選挙運動を展開した。

2012年12月の大統領選挙は右派の朴槿恵候補と左派の文在寅候補の一騎打ちとなった。結果は約100万票の僅差で朴槿恵候補が勝利した。その後、臥薪嘗胆すること4年あまり。文在寅にとって最大の、かつ最後のチャンスが巡ってきたのである。

私は3回にわたった大統領候補者たちのTV討論会をインターネット中継ですべて観たが、文在寅候補のあらゆる政策課題に関する安定ぶりは他の候補たちを圧倒していた。最大のライバルといわれた安哲秀候補は、日本の政治家でいうなら鳩山由紀夫元首相そっくりで、まるで「宇宙人」のようであった。文在寅の圧勝は当然といえた。

喫緊の課題は国内の経済

さて、これから始まる文在寅政権5年の展望であるが、前述のように、本当に文在寅大統領がやりたいのは、宿敵・李明博元大統領の逮捕である。

だがそこは一旦、封印する。検察改革、財閥改革、国家情報院改革などを進め、外堀を埋めた後、満を持して李明博元大統領に牙を剥くのであろう。同志の柳時敏が大統領府に入り、強い権限を得たとき、李明博元大統領に対して鉄拳を振るうことになるはずだ。

しかし当面は、内政においては経済問題が喫緊の課題である。文在寅大統領自身も就任演説で「何よりも真っ先に雇用を創出します」と述べている。大統領選挙期間中は、民間で80万人の雇用、公務員で50万人の雇用、最低賃金時給1万ウォン(約1000円)を公約にしていた。

実際にはこのような公約の実現は不可能に近いのだが、ともあれ「七放世代」対策は喫緊の課題である。