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「川崎国」にしか居場所が見つけられず、生きたまま首を切られた少年

川崎市中1男子生徒殺害事件を振り返る
末井 昭 プロフィール

R君の遺体があった場所には大量の花が置かれていて、僕が行った日にも数人の方が花を供えていました。供えているのは花だけでなく、飲み物や食べ物、野球帽やTシャツなどいろんなものが供えられていました。びっくりしたのはモデルガンがあったことです。「この銃で犯人達を撃ち殺せ!」とでも言っているかのようです。

この事件のことを知って、加害者の少年達に対して憎悪の念を持っている人は、確かに多いのではないかと思います。しかし、加害者を弁護する気はありませんが、孤独で居場所がない者達ということでは、加害者も被害者も同じだったのではないでしょうか。

大量のお供え。中にはモデルガンも photo by Akira Suei

地獄への入口

この原稿を書くにあたって、今年のゴールデンウィークのある日、再び多摩川河川敷に行ってみました。2年経ったので何か変わっているかもしれないと思ったのですが、献花・供物を整理したことと、今後この場所への献花等は控えて欲しいという掲示板が立っていただけで、2年前と何も変わっていませんでした。

土手を散歩する人がいたり、多摩川では水上スキーをする人がいたり、一見のどかな河辺の風景に見えるのですが、今も居場所のない連中が夜な夜な集まってくる場所なのでしょうか。

2017年5月の殺害現場 photo by Akira Suei

2年前に来たときも気になっていたのが、R君の遺体があった場所のすぐそばにある川崎河港水門です。その水門の脇にある説明書きによると、大正15年に着工され、昭和3年に完成したそうで、足りなくなった工業用地の拡大のための運河だったようです。昭和18年に廃止されていて、平成10年に国の有形文化財に登録されています。

川崎河港水門。地獄への入り口のよう photo by Akira Suei

この水門は2本の大きな支柱が建っていて、その上に何かをかたどった装飾があります。僕はそれがドクロのように見えて、この水門自体が地獄への入口みたいな印象を持っていました。

2回目に来たとき説明書きをよく読んだら、当時の川崎の名産品であるブドウ、梨、桃をかたどっているのだそうです。改めてその装飾を見上げてみたのですが、やっぱりドクロにしか見えませんでした。
 
川崎の町は今どうなっているのか詳しくは知りませんが、いろんな意味で地獄の入口というのもまんざら間違っていないのではないかと思うのでした。

独身でも既婚でも、悩んでいる人必読!!