格差・貧困 学校・教育 不正・事件・犯罪

「川崎国」にしか居場所が見つけられず、生きたまま首を切られた少年

川崎市中1男子生徒殺害事件を振り返る
末井 昭 プロフィール

R君は学校に行かなくなった頃、少年Aに万引きを強要され、それを断るとボコボコに殴られたりしていたようです。R君も川崎の町をウロウロ歩き回っていた頃の僕と同じように、家にも学校にも自分の居場所がなくなってしまったのではないでしょうか。

そして居場所のない者同士が引き合い、不良仲間と遊ぶようになったのかもしれません。しかし、そこもまた地獄のようなところだったのです。

少年A達は、地元の中高生に「俺らは法律関係ない。自分たちのルールで動く。川崎国だ。逆らったら、生きたまま首を切るよ」と言って凄んでいた(『日刊サイゾー』)という記事もありました。

イスラム国の真似をしていただけかもしれませんが、イスラム国にしか居場所が見つけられなくて、その結果命を落としていく若者達に、何となく通じるような気がするのです。

 

こんな殺伐とした場所で殺されたのか

この事件に対してそんなイメージを持ちながら、R君の供養を兼ねて、2015年3月17日に事件現場の多摩川河川敷に行きました。A工場の裏手なので、駅は大師線の港町になります。

京急川崎駅から大師線に乗ると、次の駅が港町です。「みなとちょう」と言うそうですが、「みなとまち」と言った方が風情があります。美空ひばりが歌った『港町十三番地』の「みなとまち」です。そんなことを思いながら駅に降りると、『港町十三番地』の楽譜が壁に書かれていました。とすると、あの歌の発祥の地はここなのでしょうか。

『港町十三番地』の楽譜が書かれた壁 photo by Akira Suei

駅を出ると超高層アパートがデンと建っていました。1、2、3、4。階数を数えていたけど面倒くさくなってやめました。こんなに大きなビルが建つということは、工場の跡地かもしれません。

川崎は言わずと知れた工場の町です。それはこの一帯だけではありません。僕が勤めていた自動車工場は鹿島田にあったし、川崎で知り合った恋人が勤めていた東芝の工場は武蔵小杉にありました。川崎市全体が工場の町だったのです。

しかし、製造業は安い労働力を求めて海外に出て行き、工場がどんどん廃業になってしまいました。その跡地に高層アパートや高層商業ビルなどが建って、町の景観がすっかり変わってしまったのですが、そういう流れの中で居場所を失ってしまった人達もたくさんいるのではないかと思います。

港町駅前の超高層アパート photo by Akira Suei

多摩川の土手を少し歩くと事件現場がありました。この日は、加害者の少年達が多摩川に捨てたR君のスマートフォンを探す目的で、警察の人がたくさん来ていました。

下の写真がその現場です。殺伐とした場所です。街灯もないので夜は暗かったと思います。少年達はこんなところに集まっていたのか、こんな場所にしか居場所がなかったのかと思って、なんとも侘しい気持ちになりました。

R君は2月20日の深夜2時頃、多摩川(写真上の警察官がたくさんいる場所)で裸にさせられ泳がされたあと、カッターナイフで首を切られて殺されました。加害者の少年達は、R君を殺した場所から、写真左手の花が置かれている場所まで遺体を運んでいたそうです。

なぜそうしたのかわからないのですが、僕の隣で事件現場を見ていた人が、「早く発見させてやりたいという気持ちがあったのかなぁ」と言っていました。当時この一帯は葦が生えていて、R君の遺体をそのままにしていたら、なかなか発見されなかったかもしれません。

殺害現場 photo by Akira Suei