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直径65mmの巨大脳腫瘍を緊急摘出!お妻様「5年生存率8%」に

されど愛しきお妻様【8】
鈴木 大介 プロフィール

支えてきた以上に支えられてきた

心に深い闇を抱えた取材対象者に会う時には、その闇に引っ張られてしまうこともたびたびあった。あまりに凄絶な人生を送ってきた取材対象者に何をしてやることもできず、無力感で泣きながら家に帰ってみれば、足の踏み場もない部屋の中でステテコみたいな変な服一枚で大の字で寝ているお妻様。悲嘆の世界から一気に「僕の日常」に引きずり戻されて、どんなにかありがたく思ったものではないか。

そんなことを重ねるうちに、精神的につらい取材の時にはお妻様についてきてもらい、取材の間何時間も待ってもらうのが、僕の取材スタイルになっていった。やはりお妻様は何も言わず、「旅行みたいでこういうの好きよ」と言っては、仕事で疲れ果てた僕を取材エリアに近い水族館などに引きずりまわして、「キツイ取材」を本当に「小旅行」にしてくれるのだった。
 
支えてきた。けれどそれ以上に、支えられてきたんじゃないか。

 

けれど、そんなかけがえのない相手に、僕は何をしてきたのだろう。

脳腫瘍は晴天の霹靂だったが、前兆はあった。腫瘍がそこまでのサイズになるということは、相当前からあった腫瘍なのだろうと医師は言うし、原因として何か特定できるものはないとは言うが、お妻様の乱れた食生活を放任してきたのは僕だし、僕の車の中はいつも積んであるレーサーから漏れるガソリンの匂いで充満していた。僕のした何かが、もしくはしなかった何かが、お妻様を腫瘍の引き金になったのではないか。

頭痛についてだって、訴え始めたのは引っ越しの準備を始めた夏ごろからで、寝苦しさにもがいて起きる時には枕の方に足があるということがたびたびあった。朝どころか日が暮れるまで布団の中に居るものだから、大量の荷物の梱包や行政上の手続きまで、そのほとんどを僕がやることになり、きつい叱責の言葉を投げ続けた。

引っ越しが終わってからも、荷物の片づけやあちこちの掃除などを手伝わずにひたすら頭が痛いと言って寝ているお妻様をなじり続けた。食欲がないというのにお粥を作って無理に食べさせるも、一口くちをつけただけで器は寝室の出窓に置かれ、直後にトイレで嘔吐。

「吐いちゃってごめんね」と言ってトイレの前の床で腹を押さえるお妻様に、この忙しいさなかにまた恒例の胃痙攣発作かと、冷たい目を向けた。

「謝るんじゃなくて、具合が悪いなら病院に行けばいいじゃん。連れてくから、連れてってって言いなよ」

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言えるものか。気はあまり利かないが「気を遣う」のは人一倍のお妻様は、忙しそうに仕事と引越の後片付けをバタバタやっている僕に、ギリギリのギリギリ、本当に限界まで「病院連れてって」と言えなかったのだろう。

いよいよおかしいということで病院に連れて行ったら、意識不明という経緯だ。忘れていた。お妻様はたいがいのシーンではヘタレの根性なしっぽいが、その心の芯は驚くほど強くて、しなくていい我慢も、言えばいい弱音も、ギリギリまで自分の中に封じ込めて耐え続けてしまうのだ。

意識不明のままベッドの中でどんどんやつれていき、ただただこの細い体のどこにそんな力があるのかと思うほどの握力で、僕の手を握り返してきた。意識が半ば覚醒した瞬間があったとしても、つらい、苦しい、助けて、どんな泣き言も一言も言わずに、ただただ僕の手を握りしめ続けた。

なぜお妻様のこの痛みが、僕の痛みにならないのだろう。つないだ手を通じて腫瘍が僕の脳に移動してくれればどんなに良いだろう。そんなことを思いながら、結局僕はベッドの横に座っていることしかしてやれないのだった。