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医療・健康・食 ライフ

どこの病院も「老医者」をリタイアさせることに苦労している…

医師免許の返納義務はないけれど

医者の「引き際」

勤務医は会社員や公務員と同様に、60歳または65歳で定年を迎える。

とはいえ、その後も病院に残ったり転籍したりして、仕事を続ける医者は少なくない。開業医であれば、定年もなく、いつまでも医者を続けることができる。

なかには聖路加国際病院名誉院長の日野原重明氏のように、105歳を過ぎてもなお医療の現場で活躍する人もいる。

たしかに医師免許には高齢による返納義務は設定されていない。だからといって、高齢であればあるほど熟達した治療が受けられるわけではない。実際、医者自身が自らの老いと向き合い、引き際を見計らっているのだ。

「これまであらゆる分野の手術をしてきましたが、年齢を重ねて、救急で夜起こされるような生活にとても耐えられなくなってきました。なので、乳がん専門で治療することに決めたのです。

手術はいまも行っていますが、患者の生死にかかわるものは避けるようになりました。いざというときの『決断力』が鈍ってきている気がするからです」

こう語るのは、東海大学名誉教授の田島知郎氏だ。

田島氏はがん治療をはじめ外科治療の最前線でメスを握り続けてきたが、加齢の壁は避けられないと感じ、78歳となったいまでは専門分野を絞って診察にあたっている。

 

医療行為のなかでも、特に外科手術は重労働だ。術式によっては数時間立ちっぱなしのなか、一瞬たりとも気の抜けない繊細な作業が要求される。

しかも手術だけしていればいいというわけではなく、診察に当直、学会での発表の準備にと連日追われ、心身ともに消耗する職務である。

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「ある程度の実績を残せば、医局長や部長など、重要なポストに就くこともあり、患者とは関係ない業務が増えていく。なかなか手術に集中できないのが医者のつらいところですね」(私大病院の外科部長)

新渡戸文化短期大学名誉学長の中原英臣氏は「医者、特に外科医にとっての命は『目』である」と語る。

「さすがに70を過ぎたら体力も落ち、目も見えにくくなるので手術をこなすのは難しいものです。内科の場合はまだ定年を過ぎても、経験を活かして診察ができるのではないかと思います。ただ外科はそうはいきません。

ちなみに私はいま72歳ですが、大学では診療科を問わず教授の定年制があるので、定年後も一線で働くことはできません。私の同期で、母校の医大病院に残っている人はもう一人もいませんよ」

最善の医療を提供できない、と自ら泣く泣くメスを置くのは仕方のないことだ。

むしろ、「まだできる」と過信したり、経済的に身を引くに引けない状況の医師が手術を続けているとしたら、患者としては恐ろしい。

医療ガバナンス研究所の樋口朝霞氏は語る。

「ある国立病院の外科部長は、老眼で手術の縫合糸が見えなくなっているにもかかわらず、手術を続けていたそうです。

実はその外科部長は、患者から直接謝礼金をもらっていて、病院にもそのことを隠していた。そのことがバレないようにするために、自分の腕がどうであろうと手術をするほかなかったと聞きました。

その結果、『あの病院、最近医療事故多いわね』と言われるほどになってしまったのです」