オリンピック
リオ五輪銅メダリスト・羽根田卓也「闘争心、そのスイッチの入れ方」
日本中のメディアが注目する男の本音

昨年のリオ五輪で銅メダルを獲得して以来、スポーツニュースやバラエティー番組を通して“ハネタク”の愛称で親しまれるようになったカヌースラロームの羽根田卓也選手。リオ五輪後は日本に滞在する時間が長かったが、いよいよ2020東京五輪に向けて始動すべく、4月下旬に練習拠点としているスロバキアに帰国した。

甘いマスクや気さくなキャラクターが注目されている羽根田選手だが、今回は日本を離れる直前の彼にお話を聞き、競技に対する思いやメンタリティーに迫った。

レース直前は、激しい感情を呼び起こす

オリンピックのカヌー競技には、一斉にスタートして直線コースでのタイムを競う「スプリント」と、急流に設けられたゲートを通過する技術と所要時間を競う「スラローム」の2種類がある。いずれも、パドルを左右交互に漕ぐ「カヤック」と、左右どちらかのみを漕ぐ「カナディアン」の部門がある。

羽根田卓也選手がリオ五輪で銅メダルを獲得したのは、スラローム男子カナディアンシングルだ。この種目は巧みなパドル捌きで艇を操る技術がいちばんの見どころだが、急流の中でそれを行うのは決してたやすいことではない。強い流れに耐えられるだけの筋力やバランス力が求められるのはもちろん、秒単位で変わる流れの中では冷静な判断力や対応力も必要となる。まさに心技体の融合そのものであるこの競技に、羽根田選手はどう向き合っているのだろうか。

「心を落ち着かせるとか、気持ちをリラックスさせるとか、そういうことをする選手もいると思うんです。でも僕の場合はそうじゃない。やってやるぞ、成し遂げてやるぞという激しい気持ちを掻き立ててガソリンにしています。

基本的にスポーツは自分のパフォーマンスを尽くすことが大前提ですが、人と競うこと、勝つこと、そして勝って注目されることも僕は大事だと思っています。だからリラックスしている場合ではない。ちょっと汚いスロバキア語のスラングを吐いて自分に活を入れることもありますよ(笑)。それでスイッチを入れるんです」

 

カヌー選手だった父の影響で、9歳からカヌーを始めた。高校卒業後、アトランタ五輪金メダリストであるミハル・マルティカン選手の影を追って、カヌー強豪国である彼の母国スロバキアへ単身で渡航。それから10年、羽根田選手は現地で一人暮らしをしている。もともと負けず嫌いの性格ではあったが、スロバキアで暮らすようになってそれは加速した。

「スロバキアの人たちって、もともと負けん気が強くて、結構怒りっぽいところもあるんですよ(笑)。僕もそれに影響されている部分はあると思います。練習の時に僕がミスをしたり、集中力を切らしたりすると、『試合でも今みたいなミスをするのか?』『試合のつもりでやれ!』とコーチが口酸っぱく言ってくれるので、僕自身も試合の時のように自分にプレッシャーをかけることができます。日頃の練習が何よりのメンタルトレーニングになっています」

以前はその日の反省をノートに細かく綴っていたこともあったが、実力がつくにしたがって自身を省みる方法はシンプルになっていった。

「若い時は成長するためにどうしたらいいかといろいろ工夫しましたけど、どう足掻いても結局は毎日の積み重ねでしかない。妥協ではなく、いい意味の開き直りです。練習でミスがあったら当然理由を考えますが、練習が終わったら一旦忘れる。次の日は前日の反省点についてコーチとディスカッションして、その日の練習で修正する。そうやって、シンプルな作業を一日ずつ積み重ねていくだけです」

意識的に休み、効果的に鍛える

スロバキアに渡った後、コーチのアドバイスで現地の大学・大学院に進学し、体育スポーツ学部で運動生理学を学んだ。それ以前はただ我武者羅にトレーニングし、コーチの意図も理解せずに練習していたが、トレーニング理論を学んでから羽根田選手のコンディショニングは大きく変わった。

「特に変わったのは、ピークを作るという考え方ですね。それまでは一年中同じトレーニングをしてメリハリがなかったんですけど、大学で勉強してからは、冬は陸上でのトレーニングで基礎体力を作り、大会が近づくにつれてカヌーに乗る時間を増やして、トレーニングメニューも変えて、シーズンが終わったら1ヶ月は完全休養というふうに、メリハリをつけるようになったんです。

それによって大会の時にしっかりピークに持っていくことができるようになりました。そのおかげで成績もずっと右肩上がりです」