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「創業300年、大きな経営危機は明治維新のときでした」

老舗「沢の鶴」社長に聞く

'17年に創業300周年を迎えた沢の鶴を取材した。浪速商人・米屋平右衛門の別家が、米屋の副業として酒造りを始めたことが同社のルーツ。その後、旨い酒として知られる「灘の酒」を代表する酒蔵になり、現在も純米酒売り上げNo.1を誇る。第14代当主・西村隆治社長(72歳)に聞いた。

米にこだわる理由

【崇高さ】

江戸の昔、上方の酒は「灘の男酒」「伏見の女酒」と称されてきました。男酒は味わい深いのに後口がスッキリしているから、甘くて後味が残る伏見の酒と比較し「男っぽい」とされたのでしょう。

我々の誇りは、この味を守り続けていること。まず、すべての商品を地元の湧水「灘の宮水」で醸しています。

いわゆる「硬水」で、リン含有量が多く、鉄分が少なく、この水でなければ男酒の味わいは出せません。米もすべて粒ぞろい、高級品には地元の「山田錦」を使います。なぜこだわるかと言えば、当然それが旨いから。あと、社員に崇高な目的を意識して働いてもらうことは、経営上、非常に大切だからです。

【継承】

私が社長に就任したのは'84年、39歳のときのことです。

このとき、普段は無口だった先代に「何か言葉を下さい」と頼むと、父は「清酒は100年戦争やからな……」とだけつぶやきました。説明は一切なし。

私は「戦争と言うからには厳しいものなんやな」と考えた記憶があります。また「事業は長い目で見ろ」という意味にも捉えています。

 

【3年】

若い頃の反省は「すぐに動いたこと」。社長就任時、年上の社員から「武田信玄は死に際し、勝頼に『3年間喪を伏せ動くな』と伝えた」「しばらくは様子を見て動かないほうがいい」と助言されました。ですが私はすぐ、多額の開発費をかけ、缶入りの清酒を発売しました。結果、しばらくは好調だったものの長続きせず、開発費は回収できませんでした。

今思えば、紙パックは日本の文化と合うけど、缶は合わなかったのかな、と思っています。正直、継ぐとすぐ動きたくなるもんですな。でもやっぱり、動いたらアカンかった(苦笑)。

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