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週刊現代
なぜ報われない恋ほど魅了されるのか~恋愛作家のお気に入りの10冊
こんな恋愛、あんな恋愛、全部アリ

女心を知りたい男性には寂聴

私自身、恋愛小説を書くことが多く、今回は「恋愛」がテーマの作品を中心に選んでみました。

1位は瀬戸内寂聴さんの『藤壺』です。『源氏物語』では、あえて明らさまに描かれていない光源氏とその義母の藤壺、二人の禁断の愛を描いた創作小説です。

正妻以外にも何人もの女性を愛することが当然とされていた時代にあって、帝はさほど身分が高くない桐壺を寵愛します。二人のあいだに生まれたのが光源氏なのですが、桐壺は他の女御たちの嫉妬にかられた嫌がらせを受け、源氏が3歳のときに病死します。

その桐壺にそっくりの美貌を持つのが源氏の義母である藤壺です。帝が桐壺に見惚れてしまったように、源氏も5歳年上の義母に惹かれ、道ならぬ恋に落ちる。母に当たる人に恋心を抱え葛藤する心理描写は、ギリシア悲劇『オイディプス王』を彷彿とさせます。

寂聴さんの現代語訳『源氏物語』を読んだのは40歳になった頃。衣擦れの音が聞こえてきそうな、お召し物に薫きしめたお香の匂いが漂ってくるような優美な文章、登場人物たちの心理描写の細やかさに夢中になりました。

光源氏をとりまく女性たちは、一人ひとりの性格も背負っているものも違う。女性読者には、それぞれ好みの姫がいて「この気持ち、すごくよくわかる」と恋愛指南書のように読めてしまう。女心を知ろうとするなら、男性は必読ですね。

ガルシア=マルケスの『コレラの時代の愛』では、「ビター・アーモンドを思わせる匂いがすると、ああ、この恋も報われなかったのだなと」という冒頭の文章から心を鷲づかみにされました。「匂い」の描写って恋愛小説で、すごく大切だと思います。

物語は10代のときに熱烈に恋した少女を、50年以上も想い続けた男、フロレンティーノの壮大な愛の顛末を描いています。

 

相手の女性フェルミーナは、若き日にフロレンティーノと別れ、医師と結婚。幸せな生活を送り、子や孫にも恵まれますが、夫に先立たれてしまう。その夫の葬儀の日に、76歳になったフロレンティーノが現れ、「この時が来るのを待っていた」と彼女に求愛の言葉を捧げます。この場面から、二人の恋、人生を遡っていくという構成です。

半世紀も心変わりしなかったと聞くと、モテない男だと思うかもしれませんが、フロレンティーノはその間、何十人もの女性と関係を持ち、船舶会社の社長にもなるんです。それでもフェルミーナのことを忘れられない。

初恋の女性を何十年も愛し続けるなんてあり得ない、と言いたくもなりますが、「いや、あるかも!」と思わせてくれるのがマルケスのすごさ。エンディングがまた心が震えるほど素晴らしい。

ページをめくる手が震えた終盤

グレアム・グリーンの『情事の終り』は、第二次世界大戦下のロンドンが舞台で、作家のベンドリックスが高級官吏の妻サラと知り合い、恋に落ちる。サラの夫、ヘンリーも含めた三角関係の物語と思いきや、第三の男は、生身の存在ではなく神だった、という他に類を見ない小説です。

グレアム・グリーンらしい緻密でクールな筆致で描かれる、愛の奇跡の数々に驚き、心奪われました。