photo by Kayo Ume
学校・教育 地震・原発・災害
震災で移転・閉校を余儀なくされた全寮制男子校の笑いと涙の青春
梅佳代『ナスカイ』サイドストーリー

東日本大震災を境に戻れなくなった学び舎

2017年3月、東京都多摩市のとある学校が、21年の歴史に幕を閉じた。那須高原海城中学校・高等学校(以下ナスカイ)。日本でも数少ない全寮制中高一貫の男子校だ。最後の卒業生はわずか8名だったが、OBや父兄等関係者200名以上集まり、閉校を惜しんだ。

元々は1996年に栃木県那須郡那須町に開校されたのだが、紆余曲折を経て、東京都新宿区、そして多摩市へと移転を繰り返した。そんな怒涛の移転劇の最中にいたナスカイOB、2007年入学、2013年卒業の北村光さんと、栗林幸広さん。

梅佳代ナスカイ時代の北村さん。この後見事東大合格、おめでとう! photo by Kayo Ume

北村さんはナスカイ卒業後、現役で東京大学に合格、今年法学部を卒業し、働き始めた。栗林さんは現役で慶應義塾大学経済学部に合格、今年無事卒業し、10月から外資系コンサルティングファームに勤めることが決まっている。

那須高原の風光明媚な環境に建てられた洒落たキャンパス。そこでは欧米式のボーディングスクールをモデルに寮(ハウス)生活を通じ、「世界をリードする新しい紳士」を育成することを理念とした教育が施された。異性の目を気にすることなく伸び伸びと、しかし、寮内の上下関係には戦々恐々としつつも、少数精鋭で埋没することなく個性を育む生徒たち。

そんな彼らの学校生活を一転させたのが、2011年3月11日に発生した東日本大震災だ。那須町の震度は6弱。しかし地盤の関係で、校舎は甚大な被害を受けた。かつてナスカイで教頭を務め、現在では海城学園の法人事務局に勤める塩田顕二郎さんはよく通る美声で、当時の様子をこう振り返った。

「期末試験の最終日で、お昼のメニューはカレーでした、カレーが出ると生徒たちは死ぬほど食べるんですよね(笑)。午後から生徒たちは部活動、教員たちは試験の採点をしていました。ガラケーの緊急地震速報が鳴った後、強い揺れが起こりました、それこそ那須が震源地なのかと思ったくらい」

 

棚は倒れ、空調は外れ、教室や寮、職員室の中は滅茶苦茶になった。試験明けで授業を行っていなかったのが不幸中の幸いで、半分以上の生徒は校舎外で部活動中ということもあり、怪我人は1人も出なかった。北村さんと栗林さんは当時高1。軽音部でバンドを組む仲間だった。北村さんはベース、栗林さんはボーカル。震災が起こった時、音楽室で練習の真っ最中だった。

北村(以下:北) 期末試験終わってイエーイって(笑)。揺れ始めた時も「地震だ、イエーイ」ってやってたんだけど。

栗林(以下:栗) だんだん収まらなくなって。

 で、廊下側の窓ガラスが割れて。

 結構やばいんじゃね?ってなって。

 で、机の下入ったら。

 お前の机の上に埋め込み式の冷房がガシャーン!って落ちてきて。

 それで「ヤバっ!」って。

 逃げたねみんなで。

 校庭に逃げた。ちょうどその頃雪が降ってきた。

一番年少の中1はスクールバス、それ以外の生徒たちは被害の少なかった校舎に避難し、寮から布団を引っ張り出し雑魚寝して一夜を明かした。翌3月12日には兄弟校である東京都新宿区の海城中学高等学校に全生徒・職員避難。着の身着のままだった。

北村さんはガラケーと財布だけ、栗林さんに至ってはガラケーを音楽室に置きっぱなし。バスの中のテレビを見て、東北地方が震源であること、福島第一原子力発電所で水素爆発が起きたことをやっと知った。下道を使い8時間かけて新宿に到着した。

そして生徒たちは、二度と那須の校舎に戻ることはなかった。