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サッカー
ハリルホジッチ監督が乗り越えてきたつらい過去を思う
フットボールと平和を愛して

4月、熊本にて

日本代表を率いるヴァイッド・ハリルホジッチ監督は4月、熊本にいた。

熊本地震復興支援試合のなでしこジャパン対コスタリカ女子代表戦を視察するとともに、被災地の子供たちと交流の場を設けた。「1年後にまた来るよ」と子供たちと交わしていた約束を守ったそうだ。

2016年4月、熊本県を中心に甚大な被害をもたらした熊本地震が発生した。心を痛めた指揮官は翌月に被災地を訪れ、避難所を慰問して子供たちと一緒にサッカーボールを蹴っている。

昨年、彼にインタビューをした際、こう語っていた。

「甚大な被害を被った町の光景を目にして、本当に心が苦しくなりました。そしてボスニア・ヘルツェゴビナでの戦争のことを思い出した。

 

短い時間ではありましたが、子供たちと一緒にフットボールをしたり、コミュニケーションを取ることができました。私のことを快く受け入れていただき、みなさんには感謝している」

協会関係者によれば、監督自身が被災地に赴くことを強く希望したという。一体、自分は何ができるのか。思いを共有し、寄り添っていこうとした。

ハリルホジッチは1990年代前半、ユーゴスラビアからの独立を図ったボスニア・ヘルツェゴビナ紛争を経験している。

現役時代にはフランス1部のナントで2度の得点王に輝き、ユーゴスラビア代表でも活躍。パリ・サンジェルマンでのプレーを最後に引退して故郷に戻った。ヴェレジュ・モスタルで指導者としてのキャリアをスタートさせたものの、紛争に直面した。

ハリルホジッチ現役時代のハリルホジッチ。1980年〔PHOTO〕gettyimages

ハリルホジッチは自宅付近で起こった銃撃戦に巻き込まれて重傷を負った。そののち自宅は破壊された。怒りと悲しみを抱きつつ、彼は故郷を離れて家族とともにフランスに移住するしかなかった。

ボスニア・ヘルツェゴビナ紛争のことを尋ねた際、彼は何度か言葉に詰まった。忌まわしい記憶を振り払うように、首を振った。

「私は戦争で多くのものを失いました。政治的、宗教的な対立が紛争を引き起こしたため、政治や宗教について私が口にすることは一切ない。政治家の友人は何人もいますが、投票行動もしないことにしています。ボスニア・ヘルツェゴビナの独立における住民投票だけは参加しましたが。

私が政党に属すこともありません。属すのは家族。そして私にとって政治と宗教はサッカーなのです。それが私の哲学だと言えます」