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フランス 大統領

ルペンの正体(3)マリーヌが権力を握り、父と決裂するまで

どうなる仏大統領選
フランス大統領選で決選に進出した右翼政党「国民戦線」党首マリーヌ・ルペンの背景を探る短期集中連載。第1回「成り上がり政治ファミリーの系譜」(http://gendai.ismedia.jp/articles/-/51596)と第2回「一家を襲ったテロ」(http://gendai.ismedia.jp/articles/-/51599)では、その父である初代党首ジャン=マリー・ルペンの人生を追った。最終回となる今回は、いよいよ2代目党首のマリーヌ本人の軌跡に迫っていく。

家族が政治に口を出す国

フランスで、ファーストレディーにあたる大統領夫人は、何ら公式な地位を与えられていない存在である。

エリゼ宮(大統領府)も「その役割はいかなる文書でも言及されていない」と明言する。大統領夫人としての予算も認められておらず、夫人は公金に手をつけないのが慣習だ。

唯一の例外は刑事訴訟法の記載で、勾留された人が不満を訴える先として裁判所などとともに「大統領夫人」を挙げている。ただ、これは象徴的な意味に過ぎないと解釈されている。

家父長的風格を醸し出す大統領だったミッテランやシラクの場合、妻も一歩下がって、政治に介入するそぶりを見せず、慈善活動や社会啓発に勤しんだ。

では、大統領夫人は何の権限もないのかというと、そんなことは全然ない。規則や競争よりもコネ、人脈を大切にする地中海気質が染みついたフランスでは、公私の区別が社会全般に曖昧である。それは政治の世界でも同様だ。

何より、夫人は大統領に最も近いところで暮らす人物であり、個人的に絶大な影響力を及ぼしている。ミッテランやシラクの夫人の場合、その力をあからさまにしなかっただけである。

シラクの次の大統領、サルコジの夫人セシリアは、結構露骨だった。大統領就任にあたって「私たちと一緒にエリゼ宮に入るのは、シンプルで正直な人間だけ」と公言し、従順さと忠誠度で自ら人事を取り仕切る姿勢を示した。

彼女は、政治家としてほとんど実績のない友人を閣僚に押し込む一方で、関係がうまくいかない有力政治家、忠誠心が疑われる側近らを、徹底的に干した。

ところが、サルコジが半年後にセシリアと離婚して、モデルのカーラ・ブルーニと翌年結婚すると、それまで冷や飯を食わされていたスタッフ陣が大復活し、我が世の春を謳歌していた連中は遠ざけられた。

 

2012年からの大統領を務めた社会党のフランソワ・オランドの場合は、もっとどろどろしている。

彼は、2007年の党公認大統領候補セゴレーヌ・ロワイヤルと事実婚で長年連れ添い、4人の子ももうけていた。その後別れ、『パリマッチ』誌記者のヴァレリー・トリヤーヴェイラーをパートナーとして大統領に就任した。

すると、ヴァレリーは閣僚人事に口出しし、入閣も取りざたされた前妻セゴレーヌやその取り巻きを徹底的に遠ざけた。だが任期中にオランドがヴァレリーと別れた途端、今度はセゴレーヌが環境相として内閣に入った。

こうなると、誰がボスの寵愛を受けるか、鋭く見極めてそこにすり寄る能力が、フランスの政治家には欠かせない。

政治生命がかかっているだけに、政策を練るよりもこちらの方がよほど重要だ。これぞと思う妻や愛人にごまをすって気に入られても、別れてしまうと後釜から陰湿ないじめを受けかねないのである。

私生活が政治の場にはみ出している点では、ルペン一家も同じである。党の各所に家族や親戚が配されており、党内の権力争いと家庭内紛争が区別しにくい。

ただ、ルペン家の場合、人事や政策に深くかかわったのは、妻やパートナーでなく、3人の娘とその夫たちだった。

ルペンと3人の娘1992年、父ジャン=マリー・ルペンと3人の娘。左から長女のカロ、三女のマリーヌ、次女のヤン〔PHOTO〕gettyimages