教育 子育て

「ママ、出てくわよ」子育て中の脅し文句が子どもに与えるコワイ影響

世代間連鎖を防ぐ子育て論(2)
信田 さよ子 プロフィール

本来なら、親である自分の行動に問題があるのではないか、自分の責任じゃないかと考えるべきなのに、子どもがわざとそうしているのではないか、子どもが自分をいじめたり苦しめたりしている=子どもの責任ではないかと考えるのです。

親が子どもに対して、それも幼児に対して「あんたがそうしたんだろう」と責任を問うことはあってはならないことですが、しばしば起きているのも事実です。

子どもがどれほど言うことをきかなくても、どんなに生意気なことを言おうと、それに対する親の発言や行為は、すべて親の責任であると引き受ける覚悟があるかどうか。

ほんとうは羨ましくて、嫉妬にまみれているのにもかかわらず、あの子が言うことをきかなかったから、生意気だったから、と子どものせいにしていないかどうか。

マユミさんがおっしゃるような、ケンタがひどいんだ、なんでわかってくれないの、という言葉は、1歳半のケンタ君のせいにして責任を負わせているのです。

これは「虐待」と同じ構造なのです。虐待する親たちは例外なく「子どもが言うことをきかなかった」と言います。血が出たり、頭がい骨にひびが入っていなくても、子どものせいにしている点で、それは虐待なのだと思います

 

草色のコートと母の家出劇

マユミさんの対応で、もう一つ問題を感じる点があります。それは「脅し」という手段を用いていることです。カウンセリングに訪れる多くの人たちが、幼いころに親から脅されたり怖がらされたりしたことを語ります。

ある女性の小学校低学年のころの記憶です。

彼女の母親は父親と浮気をめぐって口げんかをするたびに、洋服ダンスからコートを出して羽織り、トランクを提げて玄関に立つのでした。

おもむろに履いていく靴を靴箱から探すふりをして、しばらく時間を過ごすのは、泣きながら娘2人が追いかけてきて「ママ、家出しないで、わたしたちを置いてかないで」とすがるのを待っていたからです。

彼女の故郷は北海道の最北端にある寒さの厳しい街です。母親は薄い草色のコートを着てトランクを提げ、2人の娘を振り切って家を出ていくのでした。1メートル以上積もった雪道を歩いて、駅に向かうのです。

父親は「放っておけ」と酒を飲みながら怒鳴るので、姉妹は泣きながら自室に戻り、不安に震えていました。そして、「もっともっと努力していい子になりますから、お母さん家に戻ってきてください」と祈るのでした。

ところが、1時間もすると、母親は「ただいま」と帰ってくるのです。「ああ、寒かった」と言いながら、酒を飲んでいる父親のもとに近づき、雪で凍えた足を差し出すのです。父は両手で冷たくなった母の足をさすりながらひざの上に抱きかかえ、飲んでいた酒を母に勧めるのでした。

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そんな光景が繰り返される家庭で過ごした日々を思い出しながら、女性は語りました。

「いつものことだとわかっているのに、母が家を出ていくことは怖くて不安でたまらなかったのです。父とのなれ合いの家出劇だとわかっていても、戻ってくると腹が立つどころか、どこかほっとしたものです」

母の家出は、自分に原因があるのではないかと思うのです。母の行動が理不尽であればあるほど、子どもは自分が悪いのではと考えてしまいます。いずれくわしく述べますが、「裏返しの幼児的万能感」のあらわれとも言えます。