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週刊現代 歴史
石井妙子が明かす「かくて私はノンフィクション作家の端くれとなった」
今も振り返るこの4冊

『週刊現代』リレー読書日記の評者が変わりました。今週は、石井妙子さんの読書日記をお届けします。

今も忘れられないあの興奮

本欄を引き受けるにあたり、ガラにもなく大学時代に受けた授業の一コマを思い出した。老教授は「Reading for」と白墨で板書し、「人は何のために読書をするのか」と私たちに問うと、答えを待たずにこう書き出していった。「information 情報のために」「interest 関心のために」「inspiration 気づきのために」……。私もできることなら本欄で読者とiを共有したい。

さて初回なので私にとって特別な読書体験となった作品を取り上げ、もって自己紹介を兼ねたいと思う。『石光真清の手記』を読んだのは学生時代、その折の興奮は今も忘れられない。

城下の人

明治元年、熊本の下級士族の家に生まれた石光真清は陸軍軍人となり諜報活動に従事した人物である。彼が書き残した膨大な手記を長男が編んだ全4巻からなる作品だ。躍動感のある文章で激動の時代が生き生きと描き出されている。

稚児髷を結っていた子ども時代。石光は故郷の熊本で神風連の戦い、続く西南戦争を間近に体験する。新生日本が生まれる中での流血を見て育ったサムライの子は、軍人になろうと志を立て、実際、陸軍幼年学校を経てエリート軍人となった。

 

近衛兵になった石光がまず遭遇したのは、ロシアの皇太子が大津で襲われ負傷する「大津事件」。大国ロシアの貴人を傷つけたことに狼狽する国家の姿を見て、弱小国・日本の将来を彼は真剣に考えるようになる。

日清戦争に従軍し、ロシアの南下政策を知ってからは一層、敵の実情を知る必要を痛感。ロシア研究に身を投じ、ついには軍籍を離れて大陸に渡り諜報活動に取り組む。

偽名を使い、シベリアや満洲地方に潜入し、洗濯夫や商人に身をやつしてロシア軍部の動向を探り続けた。同じ明治元年生まれの帝国軍人、秋山真之の生涯は司馬遼太郎の小説『坂の上の雲』に描かれ、両作品はよく比較される。だが、かの作品に見られる明るさや爽やかさは本作にはなく、石光の境涯は深い陰影に満ちている。

もちろん、一方は小説であり、一方は手記(ノンフィクション)。同等に比べることはできないが。

4巻中で最もドラマチックなのは、第2巻の『曠野の花』。石光と交じわった中国人馬賊たちの侠気と人情。そんな彼らに女郎屋から受け出され、その愛妾となった日本人女性たちの気丈さ、優しさ、哀れさが余すところなく描かれている。

それにしても、どんな奥地にも日本人女郎たちがいたという事実、彼女たちの境遇を思うと、胸が詰まる。なお、石光はその後、日露戦争やシベリア出兵にも従軍しているが、次第に陸軍内に官僚主義や立身出世主義が蔓延していく様も冷静に書き残している。

マス目との鬼気迫る戦い

増田小夜著『芸者』に出会ったのも学生時代。私が手にしたのは古書市で購入した初版本だった。

芸者

大正14年生まれの著者は実母に売られて豪農の子守りになり、続いて芸者置屋へと売られた女性である。小学校にも行かせてもらえず、字は一文字も書けなかったという。「猿」、「お低(低能の意味)」と行く先々で呼ばれていたので、そんな自分にも本名があると知った時には、驚いたと著者は、さらりと書いている。

戦時下、軍事工場に勤労奉仕に行き、そこで初めて「恋」という感情を知り、芸者も妾も嫌だと心底から思うようになり、苦闘しながら身を粉にして働いた。30も近くなった時、独学でひらがなを覚えて自分の半生を綴り、『主婦之友』の懸賞手記に応募。入賞は逃したものの掲載された文章を読んだ平凡社の編集者に、「もっと長いものを書いて欲しい」と依頼され本書が生まれた。