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京都の「いけず」の正体〜「一見さんお断り」にもワケがある
店が「客を選ぶ」のは傲慢か?
堀部 篤史 プロフィール

こういった店の特徴は、観光客だけでなく、総じて地元の人間にもある程度の敬意とともに愛されているということだ。豆餅も冷麺もドーナツも変わることのない味を、変わることのないスタイルで提供し続けている。

その目線は遠くの観光客ではなく、地元の常連客に向けられているのだ。繰り返し訪れる地元客が相手だからこそ、味の変化や、たたずまいの大仰さはすぐに察知されてしまう。一度きりの行列客よりも、常連客を大事にするからがゆえの、現状維持。

 

それはもったいぶった「限定」でも「付加価値」でもない。「価値をわからない人には来てほしくない」という排他性は、価値をわかる人を丁重に扱うことの裏返しであり、「良い状態のものを提供したい」というのは自己満足のようでいて、実際は長期にわたって店を保つための最も合理的な手段である。

「いけず」の言葉で片付けてしまえば、そんな両面性は見落とされてしまう。意地の悪さの裏にはこだわりが、そっけない視線の先には大切に扱う常連客がいるのだ。

品揃えや立地でお客さんを選ぶ

かくいう私も、長年続けてきた書店を辞め、独立して自分の本屋、「誠光社」を開く際、先に紹介した店と同じようなスタンスを目指した。

年々姿を消しつつある新刊書店。雑誌の売上が低迷し、読書人口自体が減少しつつある。さらには取次店(問屋)を経由して仕入れる新刊書籍は、小売業の中でも最低の部類に入るたった2割の粗利しかない。だまっていても雑誌が売れ、必需品として実用書が家庭に不可欠だった時代には薄利多売が成り立ったが、もはやそのような時代は遠い過去の話だ。

経営が成り立たなくなった書店が選ぶ道は、カフェを併設し、生活雑貨やステーショナリー、食品など本以外の商品の割合を増やすこと。要するに本以外の売上でより多くの利益を生もうという考え方だ。

その結果、勤めていた書店は有名になり全国各地から観光客が訪れたが、観光地のように店の前で記念撮影をし、お土産にバッグを買っていくお客さまが増えたというのが現実だ。

photo[著者提供]

やはり本を中心に文化発信ができるような店をつくりたい。私はそれを実現するために、あらゆる規模を小さくすることを選んだ。

スタッフは雇わずに基本的に自分と妻で切り盛りし、取次は通さず、各版元から直接本を買い取ることによって少しでも粗利を確保する。19坪ほどの店内には、実用書やベストセラーはなく、厳選し、嗜好性の高い本の数々をインデックスを排し、テーマごとに編集して詰め込んだ。

場所は御所の東そばの路地裏。地元の人間でも探さなければ偶然には通らないような立地だ。品揃えや立地でお客さんをある程度選ぶことで、本屋側の発信力を強く保っておきたかった。もはや存在しないベストセラーや、検索で事足りる実用書を求められることもなく、文学やカルチャー、アートを店の中心に据えることができるからだ。