不正・事件・犯罪

「46人殺傷事件」その法改正は誤りだと、声を上げてもいいですか?

ある精神科医の警鐘

昨年7月26日、神奈川県相模原市の障害者施設「津久井やまゆり園」で起きた殺傷事件。入所者19人が死亡し、27人が負傷、と平成以降で最も死者の数が多い、痛ましい事件だった。

政府はこの事件を受けて、措置入院患者の継続的な支援を自治体に義務付けることなどの対策を盛り込んだ、精神保健福祉法の改正案を現在開会中の国会に提出している。森友学園問題や共謀罪などが注目を集めているのに比して、この改正案はまったく話題にされていない。しかし、その内容をみていくと、疑問点は多い。

「この改正案は問題のすり替えでしかなく、事件の再発防止にはつながらない」と指摘するのは、精神病理学者で、『犯罪と精神医療 クライシス・コールに応えたか』などの著書がある野田正彰氏だ。

今回の法改正は、事件の背景に病院と自治体の連携不足や、障害者差別があったことを理由としているが、野田氏は、これらは「事件とは関係がない」と指摘する。本来の原因は、事件直前に措置入院までしていた植松聖被告に適切な治療が行われなかったことであり、このことが検証されなければ再発防止にはならない、と警鐘を鳴らすのだ。

事件の経過から浮かび上がる精神医療の問題点について、野田氏に話を聞いた。

<野田正彰…精神病理学者。1944年高知県生まれ。北海道大学医学部卒業。滋賀県長浜赤十字病院精神科部長、関西学院大学教授などを歴任。『コンピュータ新人類の研究』(文藝春秋)で大宅壮一ノンフィクション賞、『喪の途上にて 大事故遺族の悲哀の研究』(岩波書店)で講談社ノンフィクション賞受賞。他に『うつに非ず うつ病の真実と精神医療の罪』(講談社)など著書多数>

これでは再発防止にはつながらない

2月28日、南スーダンの日報隠し問題で国会が揺れていたその裏で、精神保健及び精神障害者福祉に関する法律(以下、精神保健福祉法)の一部改正案が密かに閣議決定された。改正の趣旨は次のようにうたわれている。

<相模原市の障害者支援施設の事件では、犯罪予告通り実施され、多くの被害者を出す惨事となった。二度と同様の事件が発生しないよう、以下のポイントに留意して法整備を行う。

・医療の役割を明確にすること――医療の役割は、治療、健康維持推進を図るもので、犯罪防止は直接的にはその役割ではない。
・精神医療の患者に対する医療の充実を図ること――措置入院者が退院後に継続的な医療等の支援を確実に受けられ、社会復帰につながるよう、地方公共団体が退院後支援を行う仕組みを整備する。
・精神保健指定医の不正申請の再発防止――指定医に関する制度の見直しを行う。>

野田氏はこの文言をみて、「この法改正は、絶対にしてはいけない」と憤る。どこに問題点があるのだろうか。

 

――精神保健福祉法改正案の趣旨を読んで、率直な感想は。

支離滅裂だと思います。最初に「二度と同様の事件が発生しないよう」と言いながら、医療の役割について「犯罪防止は直接的にはその役割ではない」と書いています。一体なにが言いたいのか。役割ではないのなら、黙っておくべきです。この事件にかこつけて、精神保健福祉法を改正するなんてもってのほかです。

厚生労働省の役人は、あの痛ましい事件を受けて何もしないままでは非難されるので、この改正案を作ったのでしょう。一方で、精神医療全体に問題があったと言ってしまうと「自分たちがいいかげんな医療を許してきた」ということになり、責任をとらなければならなくなる。だから、あえて「犯罪防止は精神医療の役割ではない」と書いている。

この事件を口実に、植松被告のように措置入院(精神疾患により自分自身を傷つけたり、他人を傷つけたりする可能性が高い場合、強制的に入院させられること)の経験がある患者を、「支援」と言いながら退院後も監視していく仕組みを作る。それが、今回の改正案の狙いです。

しかし、この仕組みを作っても、再発防止にならないのは明白です。あのような痛ましい事件を防ぐことができるようになるのか、疑問です。