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『ジャッキー』が露呈させる「伝記映画」というジャンルの犯罪性

ケネディ大統領夫人は何を語ったのか?
寺田 悠馬 プロフィール

書き手と読み手の共犯関係

映画『ジャッキー~』が露呈させるのは、ケネディ大統領やジャクリーン・ケネディがどのような人物であったかではなく、歴史的説話が、あくまでも恣意的に構築されていく過程の危うさである。

「人々はおとぎ話を信じたがる。物語の登場人物の方が、実際に私たちの隣に立っている人間より、リアルに思えてくるものだわ」

というジャッキーの台詞の通り、書き手と読み手の需要が重なり合う共犯関係の中で、伝記は成立する。

 

伝記というジャンルの、こうした犯罪性を隠蔽するかのように、近年ハリウッドで流行りのバイオピックの多くは、「Based on a true story(真実に基づく)」の1行を冠している。「基づく」の1語を添えて一定の免責を主張しながらも、真実との近似性を示唆することで、感情移入を促す狙いがあるのは言うまでもない。

この常套手段を禁欲的に遠ざける映画『ジャッキー~』は、バイオピックの衣装を纏っていながら、バイオピックというジャンルを批判的に鑑賞するきっかけを、我々に与えてくれるのだ。

ところで、伝記の犯罪性を認識した我々には、果たして伝記を書かないという選択肢があるのだろうか?

時に物語作者として自信を失い、こうした自己問答に陥るジャッキーに対して、側近の1人が、次のようにアドバイスしている。

「人々は歴史を必要としています。歴史は人々に力を与えます」

物語のいかがわしさなど十分承知の上で、我々は、やはり物語に依存せずには生きていけない。この連載でも、資本市場の例などを挙げて検証してきたように、物語を捏造しようとするエネルギーは、ひとまずは肯定されなければならないだろう。

我々にできるのは唯一、その行為の危うさに、確信犯的であることだけなのだ。

参考文献)
Oppenheim, Noah. Jackie Screenplay(引用部は筆者訳)

寺田悠馬 (てらだ・ゆうま)
1982年東京生まれ。株式会社CTB代表取締役。ゴールドマン・サックス証券株式会社、国外ヘッジファンド、株式会社コルク取締役副社長を経て現職。コロンビア大学卒。著書に『東京ユートピア 日本人の孤独な楽園』(2012年)がある。Twitter: @yumaterada