横浜駅を出発する蒸気機関車の浮世絵(Photo by wikipedia)
鉄道

「鉄道大国日本」の父は、英国に密航した幕末の志士だった

鉄路をつないで国をつくれ!

江上剛さんの最新小説『クロカネの道』は、幕末に長州ファイブの一人として国禁を犯し英国へ渡航し、その後、鉄道敷設に尽力した井上勝の生涯を描いた作品だ。「鉄道の父」と呼ばれた男の魅力を聞く。

長州ファイブ」の一人、井上勝

――本作は「日本の鉄道の父」、井上勝を主人公にした歴史小説。鉄道敷設を通して国づくりに邁進した長州の志士の一生が、ドラマチックに描かれています。

僕自身が井上勝に興味を持ち始めたのは、友人の小縣方樹さん(現JR東日本副会長)との会話がきっかけでした。

「今ではJR社員でも知らない人が多いんですけど」と井上勝のことを教えてくれた。私も詳しくは知らなかったんですが、井上勝は幕末に長州藩が密かにイギリスに派遣した「長州ファイブ」の一人なんです。

長州ファイブといえば伊藤博文や井上馨がよく知られていますが、井上勝も彼らに負けていない。イギリスで鉱山技術や鉄道技術を学び、帰国後は技術畑を一筋に、JRの前身の国鉄を中心とした鉄道敷設に尽力しました。

 

政治の方面で活躍した伊藤や井上馨とは対照的で、技術を重んじた信念の人であったところも魅力的な人です。

国鉄が分割民営化され、JRが発足してからはもう30年が経ちます。また、日本の鉄道は今日、新幹線やリニアの技術を世界に向けて売り込んでいる。そんな日本の鉄道の始まりを広く知ってもらいたいとも思い、井上勝に焦点を当てて書くことにしました。

――小説は、勝が蒸気機関車の模型を見て「クロカネ(鉄)の道」に興奮するシーンに始まります。

実はなぜ勝が、鉄道に関心を持ったのかは不明な点が多いんです。

ただ幕藩体制の当時、軍備上の理由から各地をつなぐ鉄道を建設する動きが見られないなかでも、大隈重信や佐賀藩士の江藤新平など、開明的な人物は鉄道に関心を持っていた。

勝も幼い頃から勉学を好み、長崎、江戸、箱館に遊学するなど、向学心が旺盛な青年だったので、おそらく、江藤新平が「無謀な攘夷は国を亡ぼす。開国通商して富国強兵を図るべし」と論じた『図海策』なども読んでいたはず。その延長上で、日本全土に鉄道を敷くことでこの国の人々をまとめ、富ませていくという思想を持つようになったのではないでしょうか。

そして、鉄道をはじめとする西洋の近代文明を見聞するため、留学を熱望するようになったのでしょう。

――その渡航は、英国蒸気船の石炭槽に身を潜めての密航でした。

勝たち「長州ファイブ」の渡航は、藩内では許可を得ていたものの、建て前上は密航です。

彼らの師である吉田松陰も、密航がバレたのをきっかけに幽閉、処刑された。伊藤博文は松陰の遺体の引き取りにも行っています。

また伊藤は、井上馨や山尾庸三とともに焼き討ち事件や暗殺事件を起こすなど、尊皇攘夷に熱狂する一種のテロリストでもあったわけで、そんな状況下での船出でした。

5人は数ヵ月かけ、ようようロンドンに到着。

到着後は、長州藩とつながる商社、ロンドン大学でウィリアムソン教授と夫人らの協力を得ます。命がけで渡航してきた新興国の人間を、彼らも熱心に支援してくれました。