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企業・経営

お直し専門店「ビッグ・ママ」社長が埋もれたニーズを見つけるまで

僕は社長になりたかった

洋服のお直しを行う「ビック・ママ」を取材した。全国に73店舗を構え、上着のサイズ変更、パンツの裾上げから、子どもの体操服に名札をつけるような細かい作業まで、幅広いニーズに応える。社長の守井嘉朗氏(47歳)は、いつも本音で話す、破天荒で、愛嬌がある人物だった。

ビック・ママの守井嘉朗社長

埋もれたマーケットを創りだす

【生への執着】

創業社長と話すと、人柄のどこかから一瞬、強い欲望が見え隠れするのを感じます。僕も同じです(笑)。

もっとも大きいのは「コンプレックスを解消したい」という思い。小学生の頃までは、やんちゃで自信もあったんです。でも中学校でケンカが強い友達に負け、志望する学校にも進学できず「モテたい!」「媚びたくない!」「人から認められたい!」という思いばかり強くなっていきました。

そして大学生の時、「腕力もなく勉強もできない自分でもなれるものは?」と考えたら、それが「社長」だったんです。

 

【作戦勝ち】

大学卒業後、保険会社の外交員になったのは「実力をつければ独立できる」と聞いたからでした。

ここで学んだのは「気合や根性で頑張るより、売る仕組みを持つことのほうが大事」ということ。皆が飛び込み営業に散っていく中、そうしない先輩がいた。彼は事務所で顧客を分析し、保険に入りたくなる状況からつくっていたのです。

まず、顧客と関係をつくるための「ドアノックの商品」を用意します。仮に小さな会社の社長や自由業の方なら収入が途絶えるのが怖い。そこで「月々1500円の就業不能保険に加入すれば安心です」などと、低価格でつい「いいかも」と思う商品を薦めに行くんです。

心のドアが開けばしめたもの、収入や不安を聞き出し、高額な保険も売っていく……。マーケットは埋もれていて、創り出すものと知りました。

【逆境求む】

起業したのは「経営」がしたかったからです。保険の外交員として独立しても、ビジネスモデルをつくり、社員を雇用する「経営者」とはイメージが違うと思って、父が経営する洋服の修繕工場「守井加工所」に入りました。

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地元・宮城県のスーパーに店舗を構え、そこで売れた服のお直しをする会社です。ここでも悶々としました。大手衣料メーカーさんの下請けになり、業績は急拡大させました。でも下請けでは創造性を発揮できません。仕事が腹に落ちてなければ、困難にあたったとき腹が据わりません。

大手の社長に話すと「納得できないならやめていいよ」と言ってくださって、僕は売り上げの3分の1を失い、人生最大のピンチに立ちました。でも、欲望が大きい人間にとって、人生は短いのです。前に進む、それだけを考えました。

【想像】

ビック・ママを起業したきっかけは、業界の在り方と顧客ニーズが離れていたからです。

下請けの頃、若いお母さんが体育の授業で子どもが使う紅白帽を店に持ってきて「ゴムが外れた」とおっしゃった。すると職人が「これがつけられないの!?」と言ったため、お客様は怒って帰ってしまったんです。

僕はこれを見て「でも今は簡単な直しが必要な時代でしょ?」と思い、想像したんです。ファーストフード店のような雰囲気で、カウンターの向こうに笑顔の店員さんがいたら、頼みたい人、多いんじゃないかな、と。

そして「埋もれたマーケットを切り拓こう」と店を出したのです。過去はなぞるためにあるのでなく、未来を変えるためにある、と信じていました。

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