格闘技

プロレスという世界で「ノン・フィクション」は可能か

3時間にわたるトークバウト一挙公開!

2017年3月2日、木曜日。『タイガーマスク』の版元である護国寺の講談社にて、『1984年のUWF』の著者・柳澤健氏と、『真説・長州力』の著者・田崎健太氏によるトークライブが行われた。司会兼リングアナを務めたのは、現在「メルマ旬報」で「格闘技を創った男~プロモーター野口修評伝」を連載中の細田昌志氏。

チケットはわずか1週間で完売、「プロレスの世界を書くことの難しさ」「取材手法の違い」「なぜ柳澤氏は前田日明に取材をしなかったのか」まで、3時間にわたって徹底的に話し合われたこのトークバウトを、ここに公開!

ごちゃごちゃ言わんと、誰が一番面白いモノを書くのか、決めたらええんや!

対極的なスタイル

細田 ただいまより、「プロ格ノンフィクション最強王決定戦」90分一本勝負を行います!

『偶然完全 勝新太郎』『球童 伊良部秀樹伝』『真説・長州力』。精力的な取材と情熱溢れる筆致で業界に一石を投じる、「余白知らずの革命戦士」! 田崎健太選手の入場です!

(会場に「パワーホール」が鳴り響く。拍手とともに、田崎選手が入場)

田崎 この日のために仕上げてきました。先ほど控室で柳澤さんと一緒だったんですが、本音を言えば、控室も別にしてほしかったぐらいです。

細田 続きまして、『1976年のアントニオ猪木』で戦慄のデビュー。『1964年のジャイアント馬場』『1985年のクラッシュギャルズ』、そして『1984年のUWF』。積み上げた客観的事実を高度な筆力に任せ、縦横無尽に書きなぐる、「101年に一人の逸材」!柳澤健選手の入場です!

(「U.W.Fのテーマ」が流れ、タケシコールとともに柳澤選手が入場

細田 田崎さんの言葉を聞いて、柳澤さんはどう思いますか?

柳澤 特に感想はありません。相手がワルツを踊れば私もワルツを踊り、ジルバを踊るならジルバを踊る。それだけです。

細田 おお、ニック・ボック・ウィンクル! 会場には並々ならぬ緊張感が漂っていますが、さっそくトークバウトをはじめましょう。それではゴングを鳴らしてください!(カーンッ!)

熱気!

細田 さて、今年1月末に発売された『1984年のUWF』(以下、『1984』。雑誌連載を指す場合「1984」)。話題が話題を呼んで、現在、発行部数は2万部を超えたとのことです。

柳澤 読者の数では、武道館、横浜アリーナは一杯にできますね。売れ行きがいいのはありがたいことですが、聞くところによると、『真説・長州力』のほうが発行部数は多いらしい、と(田崎選手は否定せず)。増田俊也さんの『木村政彦はなぜ力道山を殺さなかったのか』はもっと売れてます。私は、自分の本が一番面白いと思っているんですけど、みんなはそうは思っていないようです。

細田 一方で、現在「KAMINOGE」に「真説・佐山サトル伝」を連載中の田崎さんは、佐山を一人の主人公とした『1984』が先に出版されて、悔しい気持ちがあるんじゃないでしょうか。「1984年のUWF」の連載が「Number」誌上で始まった時、どんな気持ちでしたか?(注:「1984」の連載が始まったのは2015年12月。「真説~」が始まったのは2016年3月)

田崎 正直なところ、ありがたい、と思いましたよ。ご承知の通り、UWFというのは誕生の経緯からしてとても複雑で、幾人もの感情が入り乱れた団体です。「真説・佐山サトル伝」を書く上でも、UWFのことは避けて通れないんだけれど、イチからその歴史を説明していくと膨大な文量になってしまう。

でも、柳澤さんが『1984』を書いてくれたことで、多くの読者はその背景について事前に理解してくれるだろうと。だから、「真説」ではそこまでUWFについてはページを割かなくてもいい、と腹を決めることができたので、先に「1984」が始まったことは、むしろプラスだったと捉えています。

細田 「あのエピソードを書かれたらどうしよう」といったヒヤヒヤはなかったんですか?

田崎 もちろん、ありましたよ。でも、同じエピソードでも、見方・書き方を変えればまったく別のものになりますから。例えばマイケル・ジョーダンの評伝には、デヴィッド・ハルバースタムが書いた『PLAYING for KEEPS』と、ボブ・グリーンが書いた『REBOUND』の二冊があるんですが、読めばまったく別物で、むしろお互いに補完し合っているともいえる。「真説~」と「1984」もそういう関係になればいいなとは思っています。

柳澤 もし「真説・佐山サトル」の連載が先に始まっていたら、私にとってはヤバかったですね。自分の書いたものが「田崎史観に沿っている」と言われるのは怖いので。

ただ、同じプロレス・格闘技が題材でも、田崎さんと僕は書き方・取材の仕方が違う。だから田崎さんがおっしゃった通り、まったく違った佐山聡、およびUWFの歴史、物語が読めるというようにポジティブにとらえていただければ、と思っています。

田崎 僕は『真説・長州力』の取材、執筆の際に、『1976年のアントニオ猪木』を何度も読み返しました。柳澤さんのプロレスの世界の描き方や迫力の出し方はとても参考になりました。一方で、自分とは違うなという点もいくつも見つけました。

ひとつあげるなら、柳澤さんは「地雷」を踏まないテクニシャン。地雷だらけのプロレス界を歩きながらも、決してそれを踏まないようにしている。僕は地雷原を歩いて、踏んだら踏んだで仕方ない、それも書くしかないというスタンスですから。

柳澤 僕の基本方針は、「ヤバそうなところは人に言わせる」ですから(会場爆笑!)。

『1984年のUWF』でも、<プロレスは真剣勝負ではなくショーである>という記述は、あくまで中井祐樹さんの眼を通じて書いている(中井祐樹=元総合格闘家。『1984年のUWF』では、幼少期にUWFにハマった中井少年が、UWFと決別し、プロ格闘家になるまで、が描かれる)。

UWFはなぜ生まれ、なぜ崩壊したのか。プロレス・格闘技の過去といまを知るために必読の一冊(amazonはこちらから)

田崎さんの場合、作品の中に「僕」、つまり田崎さん本人が登場して、あれはこうじゃないか、これはこういうことなんじゃないか、と逡巡しながら物語を進めていく。僕とはスタイルがまったく違う。

田崎 確かに、僕は僕の眼を通して物語を書いていきますが、柳澤さんの場合、『1984年のUWF』が北海道の中井少年の視点から始まったように、第三者の視点、あるいは超越した視点から描く。対極的なスタイルとも言えます。