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企業・経営

これからの保険商品はどのように進化していくのか

「野菜作り」が趣味の社長に聞く
東京海上日動火災保険の北沢利文社長

日本で最初に発足した保険会社として知られる東京海上日動火災保険を取材した。三菱グループの一角で、創業は1879年。挑戦的な商品を出すと言われており、現在は中小企業の海外進出など、経営リスクを低減する保険を販売、保険を進化させ続ける。社長は損保・生保の両分野で長く商品開発を担当してきた北沢利文氏(63歳)だ。

学びはまず「師」ありき

【進化】

最近、生保と損保の一体化―生損一体をすすめています。自動車保険や地震保険は損保の分野とされていますが、ケガをすれば生保からも支払いを受けるでしょう。

そこで当社は生保と損保が一体化した「超保険」という商品を開発しました。仮に自動車事故でケガをしても、損保・生保、両方の会社に連絡を取る必要がなく、ワンストップでスピーディーな対応が可能です。また「自動車保険と生命保険両方に入院保障がある」といった重複を避けられるから、同じ保険料で様々なリスクに備えることも可能になります。

「私たちはこういう会社だからこれを売る」という発想でなく「お客様にとって本当に必要なものを利用いただく」と考えなければ進化はないと考えています。

 

【三つ子の魂】

子どもの頃は体が弱かったため、私には「病気の方、災害に遭った方を保険で支えたい」という強い想いがあり、仕事は保険商品の開発に留まりませんでした。

例えばアメリカに赴任していた'80年代後半、ニューヨークに日本人向けの診療所をつくりました。現地で急病になっても医師と英語で話せず、困る日本人が多かったからです。

当時、会社もよく開業資金100万ドルを寄付してくれたと思います。社会の問題を自分の問題と捉え「何とかしよう!」と考えることが、私の仕事の原動力なんです。

【ほろ酔いにて】

若い頃、酔ってタクシーに乗っているときに先輩から「守・破・離」という言葉を教わりました。この言葉は、企業や人間が成長していく過程で踏むべきステップを示しています。まず、何かを学ぶなら師の言葉を守って基本を身につけるべきです。その後、自分の殻を破って視野を広げ、最後、師から離れて自分のやり方を見つける―。

その意味がようやく、この歳になって明確にわかってきたんです。もっと早くわかっていれば、もっと社会の役に立てる人間になれたのに(笑)。

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