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書店を取り巻く環境が激変する中で、しなやかに芽吹いた小さな希望
リレー読書日記

一軒の本屋さんの起業物語

1980年代の後半、東銀座にある書店でバイトしていた。「新東京ブックサービス」というお店で、品揃えを思い出してみると、名店だったなあと感じる。バイトの中で、いちばん楽しかった。

あれから30年。書店を取り巻く環境は劇的に変化した。

書店は減り続けているが、『本屋、はじめました』は、今どき稀有な新刊書店が誕生するまでの経緯を店主がしなやかに書き記す。

著者はかつてリブロに勤務し、名店の誉れ高かった池袋店の「最期」を看取っている。在任中から独立を計画するのだが、そのプロセスが興味深い。読み進めると、本屋さんの話というより、「開業もの」と呼びたいほどの面白さが出てくる。

行き当たりばったりの脱サラとは一線を画し、物件探しにしても、夫婦そろって鎌倉、松本まで足を伸ばしてイメージにふさわしい場所を探す。

肝心の店名を決め、物件が決まると内装、レジのシステム導入、そしてブックカバーの素材を探すところまで事細かに話は進んでいく(カバーは「書皮」ともいう。小さな自慢だが、バイトをしていた関係で、私はどんな紙でもカバーに変身させることが出来る!)。

開店してからの著者の「思索」は書店のあり方、個人店のたたずまい、経営理念にまで及ぶ。それでも著者は決して大上段に構えない。あくまで、しなやかに語るだけだ。SNS、ウェブショップの活用法もその延長線上に浮かんでくる。

 

しかし、あくまで「リアル店舗」を大切にしている姿勢は、「何も考えないで開店前に掃除している時間がいちばん好きです」という言葉からもうかがえる。これは、個人事業主ならではの実感だ。

私もこのお店を訪れたことがある。荻窪駅北口から歩いて10分ほど、「Title」と名付けられた書店は、声高に主張することもなく、青梅街道沿いにある。風情が良い。

「深み」のある東大入試問題

そのTitleの棚にも入っていたのが『東大vs京大 入試文芸頂上決戦』。この本はタイトルがうまい。物腰の柔らかな永江さんと「決戦」という単語の組み合わせは一見ミスマッチだが、その違和感がいいのだろう。

この本で永江さんは、明治時代に遡り、東大と京大の国語の入試問題に取り上げられた文章を時代と共に読み解く。問題文に対して答えるという受験本趣向ではなく、あくまで時代に合わせてどんな作家、文章が取り上げられているのかを探る。

驚いたのは、京大だ。作家が古い。

2015年は阿部昭(永江さんは「いまではもう、忘れ去られた感のある作家だ」と書く)、里見弴が登場する(これまた古い。いま、原稿を書いていても一発で変換されない)。

それに対して、東大は世相に敏感だ。東日本大震災後の2012年には、河野哲也の『意識は実在しない―心・知覚・自由』の中から、環境問題に関する文章を取り上げている。

私が好きなのは1947年の東大の問題。「日本文學史上に於ける價値高き作品もしくは作家を十えらびその理由を簡單に述べよ」というもの。

永江さんは「あまりの大雑把さに驚愕」しているが、私は読書遍歴と文章力が問われる良問と感じた。文学史だけを勉強しただけでは、文章に深みが出ないからだ。教養を試す問題であり、果たしていまの学生に対応できるだろうか?