〔PHOTO〕gettyimages
企業・経営 経済・財政 不正・事件・犯罪

なぜ企業不祥事はこんなに起きるのか? 「強い絆」が会社をつぶす

企業統治から見える「日本の危うさ」

日本人ならではの「特性」

日本人は他人へきめ細かい心遣いをする。

筆者は欧米に8年在住し、それ以外にも発展途上国を含めかれこれ数年海外を飛び回っていたが、こんなに他人へ心遣いをする人種は他にないのではないかとさえ思う。

言い換えれば、直裁な物言いによる直接対決を避ける。

日本人のもう一つの特長は、この心遣いの延長線上のことかもしれないが、肉体も意思も持たないはずの法人を「さん」付けで呼んで擬人化することだ。

貴社(your highly esteemed company)という表現はビジネスレターなどでは多少古臭いが、英語でもありえよう。しかし、日常会話の中で法人名に「さん」を付けて呼ぶのは、おそらく日本人だけではないだろうか。

加えて、日本企業は相変わらず、社員同士の結束を今でもとても重視する。飲み会や休日のゴルフなどの私的な交流、公私が混然一体となった社員同士の「強い絆」が社内ポリティックスでものを言う企業もいまだに多い。

この結果、多くの大企業でトップは後継者に社長を退任したあとまで自らを優遇してくれる者を選び、相談役として残る。

「心遣い」「法人へのさん付け、つまり擬人化」「強い絆」「相談役」は、日本人やその組織の美徳かもしれない。逆に場の空気を読む、それができないKYは社会性に欠け社員失格という評価となる。

いずれにせよ、組織の独特の文化・規範が社員を支配するという神話が生まれる。

 

社会関係資本と企業風土

人々や組織の間のネットワークと、それが醸成する信頼と規範は社会関係資本(ソーシャル・キャピタル)と呼ばれ、筆者も、特に地域コミュニティの社会関係資本はご近所の底力となるので、その醸成やその結果としての共助が重要だと主張している。

しかし、社会関係資本の考え方を企業に当てはめると、心遣いのあまりに法人を自然人のように扱い、強い絆を大切にし、組織特有の文化・規範を重んじる考え方は、筆者には、一般の地域コミュニティの話と異なり、とても危ないもののように思われる。

たとえば、企業不祥事の際に企業が第三者委員会を設け、原因と対策を調査し、その報告書に必ず「企業風土」という言葉が原因の一つとして挙げられる。

しかし、不祥事の原因が法人という組織特有の文化・規範である「企業風土」だといってしまうと、責任の所在が曖昧になってしまう。

それどころか、不祥事を起こした企業の経営者は企業風土の犠牲者だと言わんばかりの論調さえ許されることになる。

 

筆者の近著『企業不祥事はなぜ起きるのか ソーシャル・キャピタルから読み解く組織風土』(中公新書)では、具体例として、2016年5月19日の日経に掲載された、三菱自動車の益子修会長の「風土を変えられなかった」と相川哲郎社長の「開発部門の風土で育った私がそのままだと、改革の妨げになる」という発言を取り上げて、次のように述べている。

「この記事に違和感を覚えた読者は多いのではないだろうか。生え抜きで1978年に入社して以来、ほぼ一貫して開発部門に在籍し、2005年から当社の取締役を10年以上も務めた社長と、三菱商事からの転籍とはいえ、2004年から足掛け13年も代表取締役を務めてきた会長が、まるで自分たちの手の届かないところに「風土」というものが存在して、それが不祥事の元凶であるがごとく語っている。」

企業が経営者の手に負えない「風土」という得体の知れないものに支配されているのでは、企業不祥事はどんな改革をしてもこれから未来永劫なくならないということではないか。

少なくとも、企業風土というものをきちんととらえる必要があるという点が、上述の近著の問題意識である。