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アメリカは北朝鮮をすぐには空爆しない~米中首脳会談から見えたこと
日本人は、二つの点を誤解している
近藤 大介 プロフィール

その一方で、むしろここは訪米のチャンスだという見方もあった。トランプ大統領は幹部スタッフが揃っていない上、支持率34%と低迷していて、対中強硬策は打てないだろうからだ。

私は、習近平主席は、最後は、崔天凱駐米大使の意見に従って訪米を決めたのではないかと睨んでいる。

崔天凱は、外交部副部長(副大臣)時代の2012年2月、習近平副主席の訪米を成功させたことで習近平の信頼を得て、翌2013年3月に習近平政権が正式に発足したことに伴い、駐米大使に抜擢された。以後、帰国時にたびたび習近平主席に面会して、アメリカ情勢の報告を行っている。

大使クラスで習近平主席と直接面会できるのは崔駐米大使だけだ。例えば程永華駐日大使は、2013年秋に一度、単独で面会したきりだという。

ともあれ習近平主席は今回、トランプ大統領の別荘「マー・ア・ラゴ」を訪問して、敢えて火中の栗を拾う決意をした。

〔PHOTO〕gettyimages

何としても阻止したかったもの

重ねて言うが、習近平主席にとって、予測不能なトランプ大統領との米中首脳会談は、一種の「賭け」だった。万が一、トランプ大統領から叱責される姿がテレビに映し出されたりしたら、それだけで一気に中国国内での求心力を失ってしまう。だが結論を言えば、習近平主席はこの賭けに勝ったのである。

中国にとってトランプという異色の米国大統領の誕生は、メリットとデメリットが混在していた。

メリットは、主に3つあった。第一に、中国にとって忌まわしいTPP(環太平洋パートナーシップ協定)を葬ってくれたことだった。中国は、「TPPは経済連携の名を借りた新たな中国包囲網である」として、強く反発していたが、オバマ大統領はこれに邁進した。中国は手を尽くしてTPPを阻止しようと試みたが、アメリカの巨大市場への本格参入を夢見る12ヵ国の結束は固かった。ところがトランプ新大統領は、1月20日に就任して3日で、TPPから離脱する大統領令に署名してくれたのである。

メリットの二つ目は、「理念外交」から「ディール外交」への変化である。前号のコラムでも書いたが、第二次世界大戦後のアメリカ外交は、自由・民主・人権などを前面に掲げた「理念外交」を行ってきた。アメリカが「理念外交」を推し進める限り、非民主国家の中国は、どうしてもアメリカの仮想敵国になってしまう。

ところがトランプ大統領は「理念外交」を捨てて、「ディール外交」を行おうとしている。「ディール外交」とは、アメリカの国益にかなうものなら、何とでもディール(取引)するという実利的な外交だ。これだと中国は、アメリカと十分組めるのである。

トランプ大統領誕生の3つ目のメリットは、アメリカの混乱と自壊が進むことである。アメリカ国民の低支持率、議会の反発、メディアとの敵対、周辺国との摩擦といったアメリカの混乱と自壊は、中国の相対的存在感が増し、アメリカとの交渉を有利にしてくれる。

一方、中国にとって、トランプ大統領誕生の最大のデメリットが、米ロ蜜月時代を築く懸念だった。前述のように、アメリカは中ロのいずれかを敵対視していくことが見込まれたので、何としても米ロ蜜月を阻止したかったのだ。

それが、4月4日にシリアのアサド政権が、サリンと思われる化学兵器を使ってイドリブ県を空爆し、86人が死亡したとアメリカが発表した。もっともこれについて、アサド政権及びその後見国であるロシアは否定している(ロシアは、アサド政権は化学兵器を保有していないとして、アメリカに証拠を示すよう迫っている)。

そして4月6日、米中首脳晩餐会の直後に、トランプ大統領はついにシリアのアサド政権に対する初めての空爆に踏み切った。シリア政府軍の空軍基地に、計59発のトマホークミサイルを撃ち込んだのである。

これは、発足当初は親ロ政権に見えたトランプ政権が、大きく針路変更したことを意味した。すなわち、トランプ政権内の「親ロ3人組」が失脚または後退したことで、アメリカ軍の伝統である「最大の敵国はロシア」という体制に戻ったのである。

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北朝鮮空爆は遠のいた

米中首脳会談とシリア空爆を報じた日本のニュースに、次のような内容が散見された。

「トランプ大統領は、わざわざ習近平主席に見せつけるために、米中首脳会談の期間中にシリアを空爆した。すなわち、中国が北朝鮮に圧力をかけないなら、同様に北朝鮮を空爆するぞと中国を脅したのだ」

この見方は、二つの点で誤っている。第一に、百歩譲ってトランプ大統領が、わざわざ米中首脳会談の期間中にシリアを空爆したとするなら、それは「やはりアメリカにとって敵はロシアだった。中国はアメリカの味方だ」ということを、目の前の習近平主席に示すためだったとしか思えない。さらに言うなら、遠方のクレムリンのプーチン大統領にも、シリア攻撃と米中蜜月をセットにして見せつけるためだ。

トランプ大統領にとって最大の目標は、アメリカに雇用を増やし、アメリカの富を増やすことである。この点、中国はアメリカにとって年間6,630億ドル(2015年)という最大の貿易相手国だが、ロシアとの貿易は微少で、ベストテンにも入っていない。

中国がこの先、年間3,470億ドル(2016年)という、アメリカの全貿易赤字額の47%を占める巨額の対中貿易赤字をある程度、緩和してくれるのなら、ロシアよりも中国と組んだ方がよいに決まっている。重ねて言うが、トランプ大統領が目指しているのは、「理念外交」ではなく「実利外交」なのである。