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なぜ地方都市に「TSUTAYA図書館」が次々とつくられているのか?

人口減少と消費社会化のなかで…
貞包 英之 プロフィール

本屋の郊外化を補う存在

図書館のこうした姿勢の変化は、とくに地方都市の「消費社会」的環境の「成熟」のなかで、大きな意味を担っている。

まず「商品」としての本にかんしては、書籍のコモディティ化に加え、出版点数のいっそうの増大と、しかしそれが逆説的にも本に触れる機会を減らしていることが問題になる。

1990年代半ば以降の不況下で、発行部数や実売が減少したにもかかわらず、出版社はむしろ収益を補うために、出版点数を増加させてきた(図1)。だが出版点数が8万を超えるまでに巨大化するなかで、皮肉なことにひとつの本を消費者に届ける機会は少なくなっている。

そのおもな原因は、中心街の老舗の書店を代表に、とくに地方都市で書店が年々消えていることである。たとえば2008年から2014年にかけて、奈良県や和歌山県で4割以上廃業したのを筆頭に、書店は全国で14993店から11255店へとおよそ25%も数を減らした(『出版物販売額の実態』)。

一方でチェーン化された中型書店が、大店法の改正を契機として、郊外やモールに進出していることも事実――実際、上記の期間でも総坪数は97万坪から92万坪へと微減に留まり、沖縄県や秋田県や滋賀県では1割以上の増加さえみられる――である。

しかしこれらのチェーン系書店では往々にしてベストセラーの販売に力が入れられている。そのためかならずしも多様な本を備えておらず、結果として、多くの本から人の目に触れる機会や時間が奪われているのである。

それを補っているのが、新たなかたちの図書館なのではないか。

そもそもかつての図書館が「貸出」中心主義に走った背景にも、書籍の消費財化があった。高度成長のなか、1960年台後半より出版点数と発行部数はともに安定した増加をみせ始める(図1)。にもかかわらずそれから取り残された相対的に貧しい「市民」に本を届けることが図書館の使命となった。

しかし90年代半ばからの出版不況下で、こうしたニーズを満たすことの限界もみえ始める。予算の縮小に加え、発行点数の急増によって本の総体的なストックが雪だるま式に膨らむなかで、ひとつの図書館が一部の利用者の特別の嗜好にすべて応じることはまずます難しくなっている。

その代わりに、本のディスプレイや利用者の滞在環境を改良し、地域で失われた本に直接触れる機会を補うことが、図書館に求められているのである。

たしかに分類や蓄積を軽視することで、それらの図書館は叩かれることもある。だがそれは、大都市の住人の身勝手な批判ともいえる。書店を失い多様な本に触れるチャンネルが減っている地方都市で、さまざまな書籍を素早く展示しストックする図書館の存在は、切実な意味を担い始めているのである。