格闘技

証言・「1988年の新生UWF」(前篇)

細田 昌志 プロフィール

「チケット持ってますか」事件の真相

川﨑 「府立はキャパがでかい」って言われていて、当然手伝いに行かされる予定だったんです。ちなみに大阪はホテルじゃなくて、経費を少し抑えようということで(ブルースバンドの)憂歌団の事務所のスタッフの方の自宅に居候する、ということも決まっていて(笑)。

──民泊のハシリだ(笑)。

川﨑 でも出発前日だったかな、急きょ行かないことになったんです。というのも例の練習生の海老名君が脳挫傷で怪我をしてしまって……。ムエタイのトレーナーだったシンサック(=ソーシリパン)さんが海老名君の口の中に指を突っ込んで、舌が巻きつかないように応急処置をしてくださって一命をとりとめました。

──うわあ。

川﨑 それで海老名君の御両親がお見舞いに秋田から上京されたんです。お姉さんが川崎市にいらっしゃるということで、お母様が川崎に泊まり込んで毎日京王線の仙川までお見舞いに行くことになりまして、月曜から土曜まで毎日その送り迎えを命じられたので、大阪での営業活動はできなくなったんですよ。

ちなみに日曜はUWF社長の神(新二)さんが『お前は今日は休んでいいよ』と言ってくださって、僕の代わりに送り迎えをなさったこともありました。

──では、大阪は大会当日に行かれたんですか?

川﨑 そうです。しかし、そこでまた事件が起こるんです。大会前日の12月21日の夜、会社の車で大阪まで夜通し走って、早朝に大阪入りというスケジュールだったんですが。会社の前に車を停めていたらタイヤがパンクしていて。

──えー!

川﨑 神さんの車もよくそういう目に遭っていたらしいんです。犯人はだいたい目星がついてました。おそらく敵対する団体のファンだろうと。

──ということは、馬場さんのファンがそういうことをするとは考えにくいので……。

川﨑 ……ですね。それでも行かないと間に合わない。そこで神さんが高田ファンクラブの会員さんに板金屋さんがいることを思い出して、もう夜の10時を回ってましたけど来ていただいて、急いでタイヤを交換してもらったんです。

──高田延彦ファンクラブ大活躍ですね。

川﨑 鈴木健さんという存在も含めて、高田ファンクラブは当時のUWFにとって大きかったように思います。ま、そのことはさておき、どうにか出発できまして、東名、名神とぶっ飛ばして朝8時に無事に大阪・難波に到着したんです。間一髪でした。

──しっかし、聞いているだけでハードな日々ですねえ。ところであの大阪大会、営業活動は一切やってないとのことでしたが、札止め満員でしたよね。僕も2階席で観戦していたのでよく憶えているんですが。

川﨑 ですから「この人気は本物だなあ」ってつくづく思いました。

 

──ちなみにあの大阪大会では事件が起きましたね。例の「チケット持ってますか」……(※全日本プロレス退団後、FMWを立ち上げる前の大仁田厚が、空手の士道館、真樹道場などからなる「格闘技連合」の名代として、前田日明への対戦表明を示すべく突然会場に現れたが、入場口で神社長が「チケット持ってますか」の言葉とともに、大仁田厚を追い返した事件)。

川﨑 言うと思った(笑)。あれは実は最初は僕が対応したんです。というのも当日券の受け付けに立っていましたら、数人の男性がやってきてずかずか入ろうとするんです。それが大仁田厚さんでした。

──もう一方は、士道館関西支部の塚本師範ですね。

川﨑 塚本さんはもちろん、僕はプロレスというと、新日本プロレスと国際プロレスしか見ていなかったので、全日育ちの大仁田さんを全然知らなかった。それで「お待ち下さい。勝手に入られては困ります」と言うんですけど、それでも入って行くんです。「知らない方は入れるわけには参りません」と強い口調で止めました。そしたら「じゃあ、前田君を激励するってことならいいだろう」と大仁田さんが言うんで「いやいや、それもダメです」と。

──そしたら?

川﨑 そしたら大仁田さんは「わかったよ、じゃあいいよ。帰るよ」と言って振り向いて、会場入口に引き返したんです。そこはあっさり。

──そうだったんですか?

川﨑 そこで登場するのが神さんです。帰ろうとしている大仁田さんをわざわざ呼び止めて「大仁田さん、チケット持ってますか?」と。歴史に残る発言はここで生まれます(笑)。誰かから「大仁田厚がやって来た」と聞いて駆け付けたんでしょう。

──僕はあの日会場にいましたけど、そんないざこざがあったことは、後日「週プロ」を読んで知ったんですよ。

川﨑 神さんはマスコミの方々をわざわざ引き連れて、応対している場面を撮らせたんです。神さんのペースだったんでしょうね。ですから「神さんが応対して帰した」というのは正確ではなくて、「帰ろうとしていた大仁田さんを呼び止めて、応対して帰した」というべきでしょう。