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野球
PL野球部打倒に執念を燃やした男たちのため息
「名門の灯」は本当に消えたのか

数多くのプロ選手を輩出してきたPL学園野球部が、今年3月をもって完全に廃部となった。関西の名門がなぜ廃部となったのか。その過程を丹念に追い、『永遠のPL学園 六十年目のゲームセット』に書き記したノンフィクションライターの柳川悠二氏は、センバツ高校野球大会の決勝戦を観戦中、一人の男を見つけた。

PL学園野球部を愛し、そして打倒PLに燃えた男の心中を、柳川氏が描く。

PLのいない甲子園

不思議な因縁を感じずにはいられない。

第89回センバツ高校野球大会の準々決勝が行われた3月29日、大阪府高等学校野球連盟は、春夏通算7度の甲子園制覇を誇るPL学園が提出した「高野連脱退届」を受理したことを発表した。それは昨年7月を最後に、休部(活動休止)となっていた同校野球部が、完全に廃部となったことを意味する。

その3日後、センバツの決勝を戦ったのは、大阪桐蔭と履正社だった。高校野球の歴史に燦然と輝く足跡を残したPL学園が廃部となった直後に、大阪勢による史上初の決勝が実現したのである。

PLが最後に甲子園に出場したのは2009年夏で、既に甲子園で勇姿を見ることは難しくなっていたものの、高校野球の新時代を象徴するカードとなった。

3対3の9回表――大阪桐蔭の代打・西島一波の勝ち越し2点本塁打が飛び出した瞬間、バックネット裏で戦況を見守っていた一人の中年男性が席を立った。

階段を上り、2階の喫煙所へと向かおうとしていた男性は、記者席に座っていた私を見つけるなり、首を大きく横に振り、小さくため息をついた。

思わず、私は彼のあとを追った。決勝の行方よりも、その男性が今、どんな感情を抱いているかの方が気になったのだ。彼ほど、複雑な心境でこの試合を見つめている野球人はいるはずがなかった。


男の名は森岡正晃(54)という。大阪桐蔭が初めて全国制覇を達成した91年夏、野球部の部長としてベンチに入っていたのが森岡だ。その後、当時の森山信一校長と意見が対立し、同校を離れた。森山校長とは、一昨年に大阪桐蔭で起きたおよそ5億円の裏金事件を主導したとされ、辞任に追い込まれた人物である。

森岡は現在、大阪桐蔭のライバルである履正社と同じ経営母体である「履正社医療スポーツ専門学校 野球コース」でGM兼監督を務めている。

「大阪桐蔭は昔のPLみたいに、選手が集まってきよる。けが人が出ようが、次々と良い選手が試合に出場する。ベンチだけでなく、スタンドにいる選手も、力のある選手ばかり。

今、履正社にも勢いはありますが、やっぱり大阪桐蔭は抜けていますよ。大阪桐蔭ほど、学校からの支援が期待できない中で、頑張っている(1歳上の履正社・)岡田龍生監督には、一度、日本一になってもらいたいんやけどね……」

履正社は、昨年夏の甲子園に出場(ベスト16)し、国体を制した。新チームとなってからは破竹の勢いで、近畿大会と秋の日本一を決する神宮大会で共に初優勝を飾った。このセンバツでも、断トツの優勝候補と目されていた。

しかし、ライバルである大阪桐蔭との直接対決は、とにかく分が悪い。夏の大阪大会は9連敗中で、大一番となれば苦渋をなめるのはいつも履正社だった。センバツ決勝も結局、9回表に5点を奪った大阪桐蔭が、8対3で勝利。春夏通算6度目の全国制覇を達成した。

喫煙所でタバコをくゆらせていた森岡は、もう一度、深いため息をつき、こう話した。

「この敗戦は、夏に引きずるかもしれませんね……」