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一青妙が明かす、台湾五大家族「顔家」没落の真相

父、祖父と「二・二八事件」
一青 妙 プロフィール

祖父の命を救った「水面下の取引」

基隆には、顔家の邸宅で6万坪以上の土地があった。それが政府に没収された過去は断片的に聞いたことがあった。

基隆市の法務局に出向き、土地登記謄本を閲覧してみると、確かに、顏家の基隆の邸宅を含む膨大な不動産の多くが、すべて1947年4月21日付で基隆市政府のものになっていた。

さらに驚かされたのが、この所有権の移動について、登記理由欄が「空白」となっていたことだった。理由を尋ねると、「普通、登記理由に『空白』はないわね」と調べてくれた法務局の女性職員も首をかしげた。

きっと「空白」のうしろには、表に出せないことがたくさんあったのだ。祖父の命を救うため、何かの水面下の取引が働いたにちがいない。

 

別の資料からは、父の3番目の弟の顔恵卿も逮捕されていたことがわかった。1932年生まれなので、二・二八事件が起きた年はまだ16歳だった。

「外が危ないのを知らずに、街を歩いていたら連行されたがすぐに釈放された」

そんなことを以前親戚から聞いたが、本人に聞いてみれば、「特になにかを取られたり、拷問を受けたりすることはなかったが、3週間は牢屋に入れられた」とだけ話してくれた。彼の釈放にもきっと何かの取引があったはずである。

photo by Tae Hitoto

当時の台湾人の誰もが、苦渋の選択を迫られたにちがいない。財産を持っていた祖父らのような顔家の人々はまだ幸運だったとも言える。取引ができない人々は、無実のなかでろくな裁判もなく、命を奪われていったはずだ。

顔家が政治から距離を置く理由を少しだけ、理解することができた。