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僕の彼女は明るい変人と思っていたら、ハードなリストカッターだった

されど愛しきお妻様【3】

ルポライターの鈴木大介さんと、「大人の発達障害さん」である「お妻様」の出会いから現在までの18年間を笑いと涙で振り返る本連載。

今回の舞台はまだ「発達障害」という概念が一般的でなかった90年代終わり。お付合いを始めたものの、リストカットが止まらなくなってしまった彼女様(後のお妻様)と鈴木さんの悪戦苦闘の日々を振り返ります。

※バックナンバーはこちら http://gendai.ismedia.jp/list/author/daisukesuzuki

リスカがサブカル文脈で語られる時代

出勤に要する時間は50分、出社は9時だが、平均帰宅時間は午前1時以降で泊りも多い。会社から帰宅するたびに、「もし家に帰って彼女様が死んでいたらどうしよう」と戦々恐々とする日々が始まった。

騒々しくて明るい変人だった彼女様は壊れてしまい、会社をクビになり、それでも僕の家から出て行くことはなかった。

それまで精神科通院のある女性ばかりとつきあってきた結果、僕は三つの教訓を得ていた。

まずひとつは、どれほど本人が死にたい死にたいと言い続けていても、死なない者は死なない。いっぽうで、どんなに死なないで欲しいと伝えても、死んでしまう人は死んでしまう。

つまり、希死念慮の強い者が自ら死ぬか死なないかは他者の制御できることではなく、制御するならそれこそ24時間そばに居るか、精神病棟の管理下などに置くしかない(ちなみに今はそうは思っていない)ということ。

ふたつめは、ひとつ目の教訓を踏まえたうえで、支える側の人間はどんなに不安でも日常生活を継続するべきだし、しなければ経済的にも精神的にも共倒れになるということ。だから支える人間には、相手を失う不安を抱えつつも仕事と日常生活を続け、その結果に相手が死んでしまったら自分も後追い自殺すればいいぐらいの覚悟は必要だろうということ。

最後のひとつは、少なくともその強い希死念慮を緩和・抑制するのに、精神科から処方される薬は一定の効果があるということ。副作用として、ずっと寝起きみたいだったり反応が遅かったりと、一時的にパーソナリティが変わってしまったように感じることはあるにしても、「心の止血剤」とか「心の絆創膏」みたいな効果はあるということだ。

それにしても、心の病気については、どうにもこうにも中途半端な時代だったと思う。

99年の3月にはサブカル雑誌の殿堂だった『GON!』(ミリオン出版)に精神科通院(入院)日記を寄稿していた南条あやさんが亡くなり、翌年には『卒業式まで死にません』の発行。メンヘラさんたちのバイブルとなった。

リストカットはかねてからサブカルファッションの文脈で語られることの多かったが、その風潮は加熱。

ネット上には南条さんを追うようなメンヘラホームページが溢れ、僕の彼女様もご多分に漏れずに自分の手首から流れる血をインスタントカメラの『チェキ』でコレクションしたり、自分のホームページを作って他のメンヘラ仲間とリンクを張り合って、オフ会に顔を出してみたりしていた。

「お前それファッションなの?」が禁句なのは分かっていた。

確かにカルチャーの中に取り込まれているような不自然さも感じるのだが、彼女様が何かに苦しみもがいているのは間違いない。冗談であんなに血を流せないし、冗談であんなに哀しく苦しい顔はできるはずがない。

 

「メンヘラは心の風邪をひいている」

そんな言説も盛んに語られ、精神疾患者への無用な差別や偏見こそ緩和された時期ではあったが、どうみてもその苦しみようは風邪ほど甘くないし、風邪みたいに放っておいても治るものではないから、微妙に誤解を招く言説だなあと思っていたりもした。

彼女様についてメンヘラ系のオフ会に顔を出してみれば、会話の大半は精神系処方薬のコレクション披露や効果確認に、挙げ句の果てに薬のトレード。みんな苦しいのは分かるけど、その苦しさを根本からなくすことは諦めているようにも思えてならなかった。

これはあかん。なんというか、彼らは骨折をしているのに骨を接ぐ手術をせず、鎮痛剤だけを飲んでいる人たちのように思えたのだ。

おなじ痛みを感じている者同士で慣れ合っていても、本質的に「心が痛い」の原因を取り除かない限り、ずっとその風邪治んないじゃん。