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子どもに対してこれだけはやるな!カウンセラーが明かす逆算の育児法

【新連載】世代間連鎖を防ぐ子育て論
信田 さよ子 プロフィール

びくびくしない育児のために

「世代間連鎖を防ぐために」「虐待を防ぐために」という2つの柱が、逆算の育児書の中心となります。

「これだけはやってはいけない」という大枠を示されると、まあまあ大丈夫という許容範囲も見えてきますので、母親の育児不安の軽減にもつながるでしょう。何かするたびに「これって虐待じゃないのか」とびくびくすることも少なくなるはずです。

子育てとは切り離すことのできない、ママ友との関係、夫婦関係、子どもへのお金の与え方、叱り方、言葉遣い、といった具体的な問題について考えることも、逆算の育児には必要になってきます。

カウンセラーとしての数多くの経験から、可能な限り具体例を示しながらお伝えしていくつもりです。トピックスとして挙げる問題は、私自身が電車などで見かけた、びっくりするような母親の態度などからヒントを得たものもあります。

いずれにしても、子育てにおいて起こることへの対処方法を具体的に述べながら、いっぽうで家族に対する基本的な認識を確認していくというのが私の本連載における姿勢であることをお伝えしておきます。

 

「家族」に決まりはない

まず最初に、家族をどうとらえるかという土台の部分を明らかにしておきましょう。

何事も土台がしっかりしていないと、その上に何を積み上げてもすぐ崩れてしまいます。というわけで、少しわかりにくいかもしれませんが、お城の石垣にあたる部分になりますので、がんばって理解してください。

そもそも家族が誕生するのは、一組の男性と女性が結婚するからです。もちろん近年の同性婚や事実婚もそこには含まれます。

2人がいったんは「愛を誓う」ことから始まる家族は、「愛の結晶」としての子どもをもうけることになります。そこから親子の関係性がはじまるのです。順序から考えれば、父と母の組み合わせが先にあって、そこから親子という組み合わせが生まれるのであって、その逆ではないということを強調したいと思います。

家族についてはいろいろな定義がありますが、「これが家族だ」という定められたものはありません。

そう聞くと驚かれる方もいらっしゃるでしょう。学問的に定義はないのか、と。諸説はありますが、これが正しいというものはないのです。とすれば、極論ですが、ある人が猫を10匹飼い、「これが私の家族よ!」と言えば、ひとりと10匹であってもそれが家族になるということです。

男性同士や女性同士であっても家族を形成することができるということは、私たちがとかくがんじがらめになりがちな「正しい家族」「あるべき家族の姿」というものからの解放につながるでしょう。

誤解を招くといけませんから断っておきますが、家族の多様性と、家族の成員の誰かが傷つき、犠牲になることは別の問題です。多様性や自由は、誰かの犠牲のうえに成り立ってはならないのです。

「虐待」「DV」という言葉はなぜ生まれた?

男女が愛を誓うということは、配偶者以外の異性と性的関係を持ってはならないという独占を意味します。それがどれほど現実的には空文化しているとしても、そのような性的独占こそが夫婦愛の基礎となっています。もちろん夫婦である男女は対等で平等であり、個人として尊重されることはいうまでもありません。

このような家族観のことを「近代家族」といいます。日本では明治30年以降にこのような結婚観が西欧から輸入されましたが、それまでは家父長制と呼ばれた家族観や結婚観が中心となっていました。

現在私たちが家族と呼んでいるのは、近代家族のことを指しています。そして日本国憲法で定められた基本的人権が、家族においても尊重されるべきであることを何度もかみしめる必要があります。

子どもがいつも親から殴られるのではとびくびくしたり、妻が生意気だと言って無視されたりすることも、家族における基本的人権を無視されていることになるのです。

家族はしばしば外部からの視線が無くなることで、力がはびこり、無法地帯のようになっていく危険性があります。DVや虐待といった言葉は、このような親が正しい、夫の言うことが正義だという力の横暴を防ぐために生まれたようなものです。

家族が愛情で結ばれていれば、DVや虐待といった言葉は必要なかったはずです。これらもいわば逆算から生まれた言葉だといえるでしょう。