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アメリカ
トランプとアメコミの世界観は、背筋が凍るほどよく似ている
もしかしてバットマン気分?

トランプ節の「魂」はなにか

プロレスとTVによって育てられ、巨大化していったのが、「愛されキャラクター」としてのトランプ大統領だった、ということを、本稿の前編で僕は書いた(「それでもトランプが愛される理由」gendai.ismedia.jp/articles/-/51307)。それが「トランプ節」と僕が呼ぶ、あの特徴的なパフォーマンスの型を作り上げたわけだ。

とはいえ、これは「外側」の話だ。パフォーマンスには、スピーチには、それに相応しい「内容」がないといけない。でないと「仏作って魂入れず」になる。

では、トランプ節の「魂」とはなにか?――といったところで、僕はここで、マンガを挙げたい。

アメコミ(アメリカン・コミックス)のなかにある価値観が、トランプと支持者をつないでいる……と書くと、まるで冗談みたいに見えることは僕も承知している。しかしこれは、冗談ではない(からこそ、悪夢なのだ)。

さて、いまもむかしも、スーパーヒーローの活躍を描くのがアメコミの本流だ。その基調となっている価値観は、プロレスのそれと酷似している。

善玉と悪役がプロレスにあるように、スーパーヒーロー・コミックスには、「悪漢(ヴィラン=Villain)」が不可欠だ。スーパーヒーローは、その類い稀な能力を生かして、「悪漢」の悪なる行為を止めて、弱き善人を助け、そこに「正義」を現出させる――およそこんな価値観だ。

これこそが、トランプ節の「魂」にあたる。このことについて説明しよう。

 

ときにトランプについて、日本の人はこんな疑問を口にするようだ。

「ラスト・ベルトの貧しい人々や、『負け犬白人』の人は、なんでトランプに期待して、信用するのか。親からして大金持ちだった、二世のボンボンでしかない男を」

じつはこの疑問に答えるにも、アメコミを例に出すと話が早い。

「ボンボンだったとしても、正義に燃える人はいる。ブルース・ウェインを見よ! ウェイン財閥の御曹司だった彼は、『大富豪でありながらも』夜な夜なバットマンに変身しては、街の悪を倒すために戦っているじゃないか!」

バットマン〔PHOTO〕gettyimages

つまり、トランプ支持者にとっての彼は、「ブルース・ウェインのように」見えているに違いない、のだと僕は思う。ゴッサム・シティの悪漢たちと渡り合うスーパーヒーローみたいに、「ワシントンDCの腐敗した権力機構(= The Establishment)」に単身戦いを挑んでいるのが、だれあろうトランプなのだ!という見立てだ。

冗談ではなく、いつの日にかトランプが、マスクを被り、ケープをひるがえして夜の街を疾駆するスーパーヒーローになって――もしくは、あたかもそうなったかのように――快刀乱麻の切れ味で「世直しをする」ことを、支持者の一部は切に期待している、はずだ。

あまりにもこれは、馬鹿馬鹿しく幼稚な夢想だろうか?

だがしかし、おそろしいことに、この「ブルース・ウェイン=トランプ」というイメージを、トランプ本人も気に入って、楽しんでいる節がある。

次のような証拠があるのだ。