南スーダン・ジュバ〔PHOTO〕gettyimages
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日本国民のための「PKO入門」〜平和とは何か、国際協調とは何か

「PKO法」の25年間と今後の課題

曖昧模糊とした「PKO法」の25年間

今年は「国際平和協力法」(いわゆる「PKO法」)が成立して25年目にあたる。

四半世紀にわたる実践は、日本の歴史における一つの特筆すべき業績であると言えるだろう。関係者の積み重ねられてきた努力は、相当なものだったと思う。

しかし国連PKOに貢献している諸国の中で目立った活躍をしているところまで来たかと言えば、それは必ずしもそうではないだろう。

世論調査を見れば、PKO法に反対している人々の数は、成立時の1992年と比べれば、格段に減ったことがわかる。しかし具体的な運用の段階になると、繰り返し論争が起こる。いわゆる護憲派にとっても改憲派にとっても、PKO法は、憲法が抱える矛盾を象徴するような法律だ。

 

護憲派からは、PKOを通じて自衛隊員を殺したり、殺させたりするな、という声を多く聞いた。「駆けつけ警護」への嫌悪感から、今後もPKOへの派遣には懐疑的だろう。

改憲派からも、朝鮮半島情勢や大震災の可能性にまで参照して、自衛隊に本国防衛に集中させろ、という声があがった。派遣するなら改憲せよ、軍法作れ、自衛隊装備増やせ、との指摘も重なり、今後の自衛隊派遣に向けたハードルは高まっている。

すでに外国メディアでは、南スーダンからの自衛隊撤収は、安倍首相の「積極的平和主義」の矛盾を露呈した、といった論調が出ている。国連関係者にも失望感が広がっている。

現地関係者の受け止め方も、様々だろう。自衛隊員が政府軍兵士に拘束されたという事件が、撤収発表と関連があるかはわからないが、ミッション全体から見れば一部早期撤収になる状況における安全管理に向けて、いっそう気をつけていく必要がある。

日本国憲法は、「われらは、平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めてゐる国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思ふ」、と高らかに謳っている。

PKO法は、この憲法の「国際協調主義」の精神を体現する活動を行うための法律であると理解すべきものだ。しかし、国際協調主義の先行きは厳しいと言わざるを得ない。

そもそも日本の国際協調主義とは何なのか、果たして日本にとって国際協調主義は本当に重要なのか。

これらの問いに対して、いまだ国民的な総意はない。そうだとすれば、PKO法という具体的な法律の運用が、曖昧模糊としたものになってしまうのも、致し方ないことなのだろう。

1991年湾岸戦争の際に「日本は金だけ出して人を出さない」といった評判を受けたため、導入されたのが、PKO法であった。もはや日本は25年前のように勢いある経済大国ではないのだが、PKO法をめぐる議論の枠は、基本的にはあまり変わっていない。