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国家・民族 週刊現代 ロシア

独裁者は「民族」をどう考えていたのか?スターリンに学ぶ

佐藤優が『マルクス主義と民族問題』を読み解く

スターリン「民族主義」の定義

ソ連の独裁者だったイオシフ・ヴィサリオノヴィッチ・スターリン(1878~1953年)と言うと「血の粛清」で悪名高い。しかし、スターリンは政治家であったのみならず、哲学、経済学、民族問題、言語学などに関する理論家でもあった。

特に民族問題の分野では、現在もスターリン理論の影響が残っている。そこで今回は民族問題に関するスターリンの主著である『マルクス主義と民族問題』(初出1913年)を取り上げる。

スターリンの著作は、教科書として用いられることを意識して作られているものが多い。本書もそうだ。まず、スターリンは、民族について、〈民族とは、言語、地域、経済生活、および文化の共通性のうちにあらわれる心理状態の共通性を基礎として生じたところの、歴史的に構成された、人々の堅固な共同体である〉という定義を与える。

 

この定義の特徴は、〈すべての特徴が同時に存在するばあいに、はじめて民族があたえられるのである〉という点にある。それだから、スターリンは、ユダヤ人が民族ではないと考え、こう述べる。

〈共通の「民族的性格」をもつ人々を想像してみることはできる。けれども、彼らが経済的に分裂し、異なる地域に住み、異なる言語をつかっている等々のばあいには、彼らは一つの民族を構成しているとは言えない。

たとえば、ロシア、ガリシア(引用者註・ウクライナ西部)、アメリカ、グルジア、カフカーズ高地のユダヤ人がそれであって、彼らは、われわれの見解では、単一の民族を構成するものではない〉

また、ラトビアで同じ地域に住んでいて、生活様式が似ているドイツ人とラトビア人、同じ言語を話すデンマーク人とノルウェー人が別民族であることについて、スターリンは、この定義に基づいて、〈地域と経済生活とを共通にする人々を想像してみることはできる。けれども、言語と「民族的性格」との共通性がなければ、彼らは一民族を構成しない。たとえばバルト海沿岸地方のドイツ人とレット人(ラトヴィア人)とが、それである。

最後に、ノルウェー人とデンマーク人は同じ言語をつかっているが、他の特徴が欠けているために一民族を構成していない〉と説明する。

この定義で興味深いのは、「文化の共通性のうちにあらわれる心理状態の共通性」という概念だ。心理状態の共通性というような共同主観的要素を取り入れていることが、スターリンの民族理論が現在に至るまで影響力を保持している理由である。しかもスターリンの理解によれば、「心理状態の共通性」は客観化できるのである。

〈もちろん、心理状態、または―別の呼びかたをすれば―「民族的性格」は、それ自身では、観察者にはとらえがたい、あるものである。だが、それは、一民族に共通な文化のもつ独自性にあらわれているかぎりでは、とらえることができるものであって、無視することはできない。

いうまでもなく、「民族的性格」は、いちどあたえられたらそれきりのものではなく、生活の諸条件とともに変化する。だが、それは、どのあたえられた瞬間にも存在しているのであってそのかぎりで民族の外観に刻印をおすものである。

だから、文化の共通性のうちにあらわれる心理状態の共通性ということは、民族の特徴の一つである〉

共同主観性が、「民族の外観に刻印をおす」という見方は正しいと思う。このようにして、観念は現実に、主観は客観になるのだ。

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