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ライフ 現代新書
意外と広い、東京の「森の面積」〜千葉、埼玉よりも緑が多かった! 
歩いて知る都内散歩の魅力

浜離宮、新宿御苑へ

大分県の中山間地(現由布市)に生まれた私にとって、森は身近なものであった。幼い頃の私は学校から帰ると裏山で木の上に小屋を作ったり、木を切ったりして遊んだ。それほど森は身近であった。

そんな私が森について学ぶことになったのは、恩師に連れられて北陸の白山のブナ林を訪れたことにはじまる。それまで小さな自然のなかに育ち、直接ブナ林を見たことがなかったため、雄大なブナ林の広がりのなかで、優雅に幹と枝を伸ばして力強く立つブナを目にした時、あまりの自然の森のすばらしさに魅了され、すっかり森の虜になった。

以来50年、機会あるごとに、さまざまな森を観察してきた。すばらしいことに、ブナ林に限らず、森は自然と人の干渉の歴史を反映して、場所ごとに異なる顔を見せる。

私は長く東京農工大学農学部で植生管理学の研究と教育に携わったため、東京を調査や実習で歩く機会が多かった。東京の森はそれぞれに個性があり、じつに多様であった。そうした東京の森をつぶさに観察して、紹介したいと考えるようになった。それがこのたび講談社現代新書から刊行された『カラー版 東京の森を歩く』を執筆したきっかけである。

 

東京都の森の面積は都全体の36パーセントを占める。驚くことに、その割合は千葉県や埼玉県よりも高い。高層ビルが立ち、市街地が広い面積を占め、森の7割が島や多摩地域西部に分布しているため、東京は森が少ないと思いがちである。しかし、東京には豊かな森が残されている。

東京都は東西に長く、東の東京湾から西に向かって、低地、台地(武蔵野台地)、丘陵地、山地と移り変わる。その順に標高も高くなり、人の影響も弱くなる。そのため見られる森の種類もその姿も変わってくる。以下、それぞれの地域を代表する森を辿ってみよう。

JR山手線・京浜東北線に乗って車窓を眺めていると、崖のようになっているところを見たことはないだろうか。この崖線こそが、江戸時代以降に開発が進められ、埋め立てられた低地と、昔からの武蔵野台地の境である。

低地を代表する森のひとつ、浜離宮には歴史を持つ樹木が多い。正門近くには300年の樹齢を誇るクロマツが生き、徳川吉宗の時代に中国から渡来したトウカエデが今でも堂々と生育している。また、埋め立て地であるにもかかわらず、タブノキやスダジイなどの樹木が自然林のような森も形成している。

低地の西に続く武蔵野台地は青梅を頂点とする700平方キロメートルの大扇状地である。その上には保水力に乏しい富士・箱根の火山灰が厚く堆積している。台地は人が住むには不都合な場所であったが、降った雨は少しずつ集まって台地東部で川になり、土地を削って、谷と台地からなる地形を形成した。

石神井川と妙正寺川に挟まれた豊島台、善福寺川と目黒川に挟まれた淀橋台などがそれである。注意しながら歩いてみると起伏が多く、その地形の違いをなぞることができる。台地(台)の上には、かつて大名屋敷があった。その跡には今は大規模な森が残る。皇居東御苑、新宿御苑、明治神宮、自然教育園などである。

桜の名所・新宿御苑(Photo by iStock)

そのうち、新宿御苑一帯は徳川家康の家臣内藤清成の屋敷の一部である。清成は、家康から「馬を走らせて回れるだけの土地を与える」といわれ、馬で走ってこの土地を得たと伝えられている。

長く内藤家の下屋敷であったが、明治5年(1872)、明治政府はこの地に近代農業振興を目的に内藤新宿試験場を設置し、外国から輸入した多くの植物を栽培した。それらの多くの木々は150年近くを経た今でも元気に生育している。

また、公園の片隅には明治時代にフランスから輸入し、設置された擬木の橋が今も現役である。