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相撲
稀勢の里はなぜ19年ぶりの日本「出身」横綱と言われるのか
相撲をとりまく「奇妙な空気」の正体

稀勢の里の好調と白鵬の衰え

原稿を書いている時点では、春場所の稀勢の里の好調が続いている(3月21日。10日目終了時点で全勝)。

稀勢の里は相手を倒したときに不敵な笑みを浮かべることがあり、「憎らしいほど強かった横綱」北の湖に見えなくもない。

ただ、相撲好きとしては心の底から安心しているわけではない。

どんなに厳しい表情をしていようと、稀勢の里から、ここ一番ではあっさりころりと負けてしまう、というイメージが拭いきれるわけがない。横綱になりたてのころは疑いながら見ていたものだよ、というのが笑い話になるくらいに強い横綱になってくれればいいんだが、と願うばかりである。

稀勢の里に引っ張られるようにして、大相撲が人気である。

たしかに稀勢の里だけにかぎらず、若手にも元気のいい力士がそろっている。御嶽海や正代(しょうだい)、勢(いきおい)に遠藤に宇良。高安もいる。なかなか楽しみである。

いっぽうで白鵬はもはや晩年に至ったのか、と少し感慨深い。

 

盤石で万全、簡単に負けることなぞついぞなかった白鵬は、その柔らかなること神のごとしという印象が強く、ずいぶん昔の記憶になるが50年前の大横綱大鵬の相撲ぶりを彷彿とさせ、しかもそれよりしなやかな最強の力士として、ずっと光り輝いて見えていた。

いまの白鵬を見ていると、衰えたというよりも軽くなったように感じる。いまもって敏捷で軽やか、宙を飛ぶ俊敏な豹のように見えるが、やはり軽やかさが目立つところがすでに苦しいのだろう。

相撲史上に燦然と輝く大横綱のその晩年は、衰えたというよりも「より軽やかで敏捷に感じられる」というところが、妙に感興深い。地に足が着いていないのだ。やはり大地に愛されている者のみが、王者として君臨しつづけられるのだろう。

地元出身を贔屓したい気持ち

稀勢の里の横綱ぶりを喜ばしくおもうのは、申し訳ないところながら、彼がひさしぶりの日本人横綱だから、という部分も大きい。

この、申し訳ないところながら、という留保を付けつつも、他国力士よりも自国力士を応援するのは、しかたのないことだとおもう。

力士は地元の人たちによって贔屓にされていた。

江戸の昔より、力士の番付には出身地が書いてあった。

「おまえ、相撲の番付知ってるやろ。四股名の上に出たところが書いてある。相撲取りというのは自分の生まれ出生(でしょう)の名前を頭の上にのせて、日本国中を廻り歩いてる商売や」と落語の中でも言われている(『宿屋仇』桂米朝)。

出身地を知って、もし同郷出身なら贔屓にしようとおもうのは、普通の感情である。(もちろん、そういう考え方をしない人は江戸のむかしからいたとはおもいますが)。

いまの大相撲力士は、日本とモンゴルと、あといくつかのクニから来ている。

ここのところ、だいたい2003年からモンゴル横綱時代が続いている。日本人としては、日本人力士がんばれ、モンゴルから天下を奪い返せ、という、14世紀紅巾の乱のころの漢人のような心持ちになってしまうのはしかたのないところだとおもう。

自分と同じカテゴリーに属する存在をより近く感じるのは、社会的生物としての人間の性(さが)である。世界戦では、自国選手を応援するのはふつうの行為である。

ただ、大相撲は、純粋な世界大会ではない。そのへんに少し日本らしい奇妙な〝空気〟が流れている。