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医療・健康・食

人間にとって「痛み」とは何だろう? 生体のふしぎなメカニズム

感覚と感情、そして記憶

生存に欠かせない感覚

視覚、聴覚、味覚、嗅覚、触覚はアリストテレスの五感としてよく知られているが、彼は痛覚を「魂の苦悩」と呼んだ。

慧眼のアリストテレスが見抜いたとおり、痛みには感覚面と情動・感情面の二面性があり、痛みは人類有史以来の解決すべき課題である。

20世紀末にトウガラシの主成分のカプサイシンの受容体が、 熱さに対する痛みの受容器であることがわかり、痛覚も科学として理解できるようになった。

痛覚も視覚、聴覚や味覚と同じ感覚受容器があり、目をつむったり、耳をふさいだりするように、熱いやかんに触ったときは手をひっこめて、体外の刺激を遮断すると痛みはすぐおさまるのである。

カプサイシンが熱の受容器を活性化するだけでなく、ハッカや大根、ワサビ、生姜の成分は冷受容器を活性化することがわかった。

その結果、「なぜ辛いものを食べると汗がでるのか」「なぜハッカ入りのガムを嚙むと爽快感がするのか」が理解できるようになった。トウガラシやワサビで活性化される温度受容器は味覚とつながり、記憶され、我々の嗜好をもたらす。

 

ネズミや猫の口ひげの触覚は、暗闇でも動ける視覚の役割があり、通り道を記憶するのである。すなわち、目と耳、舌、皮膚の感覚情報は脳の共通の入り口を通って、大脳皮質で知覚されると同時に記憶されるのである。

痛覚は本来生体に加えられた危害に対する警告反応であり、生存には必要欠くべからざる感覚であるが、痛みの原因が体内にあり、除けない場合には慢性痛になる。痛みが病態そのものとなり、感情が関与してくる。

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感情は意識的な情動である。意識は、知覚や思考、行動など精神活動の多くの側面に必要だが、神経系はさまざまな刺激から、ある一部の情報を抽出して他の多くを無視している。

言い換えると、我々の脳は、入力されるさまざまな感覚情報を同時に処理できるほどの能力がない。そのため、痛みを含め意識的な情動は、 大脳皮質で認知される痛みの感覚とは質的に異なっている。

それゆえ、一人ひとりの意識的な経験は主観的なものであり、痛みも主観的にならざるを得ない。

心理学者のアルフレッド・アドラーが喝破したように「それぞれの人は自分が意味づけした世界に生きている」。