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ユーミンと大物右翼「頭山家」の知られざる血脈と交流

ポップカルチャー界の「華麗なる一族」

19歳の荒井由実と22歳の松任谷正隆。二人の出会いは音楽シーンだけでなく、日本のポップカルチャーに大きな影響を与えた。その背景には、当人たちも知らなかった近代の旋律が流れている――。

「頭山は松任谷を支えている」

〈おじいさまは綺麗な目をした人でした。みながみな上目づかいに他人を見たり、横目をつかってものを正面から見ようとしない世の中で、おじいさまはいつだって、誰に対してだって、目をまっすぐに向けていました。私はおじいさまが大好きだった。〉

明治から大正、昭和前期にかけて、右翼の巨魁として日本人の思想に大きな影響を与えた頭山満。その孫娘、尋子の独白から壮大な物語は幕を開ける。

〈おじいさまの家には中国の孫文やインドのボース、大杉栄さんや野枝さんがいらしていた。手を取り合ってきた犬養さん、元首相で外交官の広田弘毅さん、東条に睨まれて逮捕され、自刃された衆議院の中野正剛さん、朝日の緒方竹虎さん、岩波書店の岩波茂雄さんと、それは賑やかなものだった。

おじいさまが亡くなって、日本が戦争に負け……。あれから、20年。日本はひたすら生まれ変わりたかったんです。

「よいか、尋子、意趣返しは頭山の誉れではないぞ。いかなる理不尽であろうとも、怒りは噛んで飲み下せ。そうすれば己の力に変わる。全ての憤りを己の滋養と心得よ。命を使う時は無駄なく使え。使い道は二つ。一つは民草のために、一つは天子さまのために」〉

頭山満にこう諭され、頭をなでられた尋子は、長じて霞が関の少壮官僚のもとに嫁ぐ。岸信介内閣で農林省審議官を務めた彼の名は、松任谷健太郎といった――。

3月7日に発刊された『愛国とノーサイド』(講談社刊)。同書には「松任谷家と頭山家」という副題がついている。

作中には坂本龍馬や伊藤博文、夏目漱石ら歴史上の偉人から唐十郎、萩原健一、加賀まりこ、そしてボブ・ディランといった戦後文化の担い手が続々と登場し、しかも歴史的事件や戦後の流行の背後に、通奏低音のように「頭山」と「松任谷」の両家が浮かんでは消える。

ノンフィクションなのか小説なのか、まるでガルシア=マルケスの『百年の孤独』のような不思議な味わいの異色文学なのだ。

著者・延江浩が言う。

「頭山満は右翼というレッテルが一人歩きしていますが、実際は右とか左ではなく、ただ国を愛するということに生涯を掛けた人です。表題の愛国は当然頭山家を指しますし、ノーサイドは松任谷家です。

じつは発刊直前、副題について頭山家から申し出があったのです。当初は正題同様〝頭山家と松任谷家〟としていました。それを逆にして欲しい、と。『頭山は松任谷を支えている。植物にたとえれば頭山は根、花開かせるのは松任谷。それが頭山家の総意である』。この言葉に、私は強い感慨を持ちました」

 

仰天した倉本聰

延江のもう一つの顔は、TOKYO FMのエグゼクティブ・プランナーである。頭山家と松任谷家を繋ぐ尋子には、松任谷玉子という孫娘がいる。頭山満の玄孫にあたる「玉さん」は、延江と同じラジオ局に籍を置くプロデューサーだ。彼女は、あるとき脚本家・倉本聰とこんな会話を交わす。

〈「玉さんにも、ルーツがあるだろう」

「ルーツ、ですか……」

「ドラマってのは一本の木だ。ドラマを徹底的に書いていくと、それを構成する人にぶつかる。人という根を書けばドラマに厚みが出る。根っこをしっかりしないと木は立たない。根っこは人の目には触れないが、どんぐりはまず根を出すだろう。根で土の養分を吸収して、はじめて芽を出す。根からすべてが始まっている。

少年期にどういう育ち方をしたのか、それはものすごく大事だ。人は根なんだ。根は、人間そのものなんだ」

「ルーツ、といえば、詳しくはわからないんですけど、以前から祖母の祖父がものすごい人だったと言われているんです。家族や親戚も、それを誇りに思っている者が多くって」

松任谷玉子のルーツが頭山満だと聞いて、倉本は仰天した。

「頭山満って、玄洋社の!?」

「でも、私、ほんとによく知らないんです。頭山家の集まりにたまに顔を出すくらいで」

「それはだめだ。自分のルーツは知っておくべきだ。まして頭山満なら日本のルーツにもつながる。玉さん、いいかい? そういうルーツに自分が救われることだってあるんだ」〉