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作者が明かす『罪の声』が15万部を突破するまでの「苦悶と戦略」

もう、「書けば終わり」ではない

グリコ森永事件をテーマにした小説『罪の声』。発売からじわじわと火が着き、発売から半年で15万部を突破するヒット作となった。

「小説が売れない」と言われる時代に、なぜこの作品は売り上げを伸ばし続けたのか。3月31日に、その「秘密」を明かす著者初のトークイベントが開催されるが、それに先立ち、作者の塩田武士氏が本作執筆の苦悶と売るための戦略を綴ったエッセイを、特別公開する。

(イベントの詳細はこちらから→http://gendai.ismedia.jp/articles/-/51070

怒りの火花が散った

冬の京都らしい、冷たい雨の落ちる日だった。

疎らに客がいるホテルのレストランで、私はしばし沈黙した後に言った。

「言っている意味が分からない」

対面に座る担当編集者が険しい表情で目を伏せた。それからまた重苦しい時間が続いた。

2015年12月23日の遅い午後。この日は本来、連載の打ち上げと軽い忘年会を兼ねた、ささやかな宴になるはずだった。

当時、私は「グリコ・森永事件」をモデルにした小説を書き上げ、束の間の解放感に浸っていた。連載時に「最果ての碑」と題したこの作品は、構想15年の勝負作で、同事件が発生した3月18日に発売する予定だった。だが、編集者は「大幅に改稿した上で、発売を8月まで延期してほしい」と言う。

胸の内で怒りの火花が散った。発売を事件発生日に合わせるために、私は経験したことのないペースで連載を脱稿した。原稿を送るたびに担当編集者が称賛してくれ、その言葉に乗せられて、さらに筆が進んだ。つまり「差し迫った発売日」と「編集者による称賛」は、厳しい執筆環境を支えた二大要素だった。その支柱をいとも簡単にへし折られたのだ。この作品に賭けていた私は、遠のくゴールテープに深いため息をついた。

しかし、振り返れば、この冷たい雨の日は「創作」と「販促」の流れが混ざり合って渦を巻いた、極めて重要な1日だった。無数の情報が飛び交うようになって久しい社会で、小説に耳目を集めることは難しい。誠心誠意小説を書き、その物語を読者に届けるために戦略を練る。私が『罪の声』という作品で学んだことは、エンターテインメントの業界で生き抜くことの厳しさだった。

 

「グリコ・森永事件」の犯行に“子どもの声を録音したテープ”が使われていたことを知ったのは17年前、大学の食堂で事件の関連書籍を読んでいたときのことだ。その子どものうち1人は私と同世代で、恐らく関西の出身だろう。「どこかで彼とすれ違ったことがあるかもしれない……」。そう考えると鳥肌が立ち、以来、私はずっとテープの子どもの話を書きたいと思い続けてきた。

だが、平凡な学生だった私に、経済や司法、ジャーナリズムといった、問題点が多岐にわたる事件の本質を読み解く力はなく、10年間の新聞記者生活の中で少しずつ社会に対する理解を深めていくより他なかった。長い投稿生活の末、小説家になったときは既に31歳になっていた。

「今の塩田さんの筆力じゃ書けない」

念願かなってデビューを決めた直後、『罪の声』のプロローグのアイデアを話した私に対し、講談社の初代担当編集者が出した答えである。信頼する編集者にはっきり言われたことで、「グリ森」が未だ遥か遠くにあることを実感した。

クラシック音楽、労働組合、性同一性障害、ボクシング……。各業界を取材し、デビューから八作を重ねる間に、さまざまな人間ドラマを懸命に紡いできた。一作ごとに筆力の向上を実感し、同時に人気商売の孤独も味わった。