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同志社大学の名物教授が「突然の退職」を通告されるまで
【ルポ・大学解雇】
田中 圭太郎 プロフィール

なぜ浅野氏は標的」にされたのか

被害を被ったのは浅野氏だけではない。浅野氏のゼミも解散させられ、学生は別の教授のゼミに変わらざるをえなくなったのだ。

困り果てたのは、博士課程後期に在籍していたインドネシアからの留学生だった。この学生は博士論文の指導を浅野氏から受けることができなくなったため、大学は2014年6月にこの留学生を2014年3月にさかのぼって、単位取得による満期退学とした。

博士号を取得して母国の大学でジャーナリズム論を教えるはずが、途中で退学させられ、人生を狂わされてしまった。浅野氏の退職から3年が経った現在も、浅野氏が大学院と学部で担当していた講座のうち、8科目が休講となっているという。

なぜ大学は浅野氏の定年延長を認めなかったのか。

背景のひとつに、浅野氏の定年延長が拒否された一方で、同じ時期に定年延長が認められたメディア学専攻の元教授との確執があったといわれている。

実は浅野氏は、2005年に『週刊文春』でセクハラ疑惑を報じられている。「浅野氏が学生にセクハラをして、大学当局が認定した」というものだったが、浅野氏は「事実無根」としてこれを全面否定。さらに情報源を探ったところ、件の元教授が自分のゼミに所属する学生を利用してセクハラを捏造し、『週刊文春』に情報提供していたことがわかったのだ。

浅野氏は文春側と元教授それぞれに名誉棄損訴訟を起こして、両方とも勝訴。裁判所は文春側に550万円の支払いを命じ、元教授にも71万円の損害賠償の支払いを命じる判決を言い渡した。

「浅野氏が元教授を訴えた裁判は、2013年6月に高裁で浅野氏が勝訴し、最高裁判決が出たのは11月でした。浅野氏の勝訴が確定する直前に、元教授らのグループが浅野氏を大学から追い出しにかかったという印象を受けたことは否めません」(大学関係者)

もうひとつは、浅野氏が大手メディアを批判する態度や、安倍政権を「戦後史上最悪の政権」と批判する姿勢を、他の教授が好ましく思っていなかったことが考えられる。

 

例えば、浅野氏は担当していた授業「新聞学原論Ⅰ」のシラバス(授業要項)に、福島第一原発事故の報道について次のように書いている。

『私は2011年3月中旬、原発報道が戦時中の「大本営発表」報道に酷似していると指摘した。日本の記者クラブメディアがジャーナリズムの権力監視機能を全く果たしていないことを市民の前に明らかにした。朝日新聞は11年10月15日の社説で、「大本営発表」だったとあっさり認め自省した』

実際に朝日新聞は「大本営発表」に加担したとの批判は免れないとして、自らの報道を検証している。しかし浅野氏に名誉毀損で訴えられている教授のひとりは、「明らかな誤読か、意図的な曲解と考えざるを得ず、研究者・教育者として極めて不適切な記載」と裁判の意見陳述で浅野氏の考え方を批判している。

またこの時期に同志社大学学長を務めていたのは村田晃嗣氏。村田氏は2015年、安全保障関連法案を審議していた衆議院特別委員会の中央公聴会に、政府与党の推薦で出席し、安保法案に賛成の意見を述べた。

このことが学内で批判され、村田氏は15年11月の学長選挙で敗れたとされるが、浅野氏は安倍政権に対し、特定秘密保護法、集団的自衛権行使容認など安倍政権の政策やマスコミへの高圧的な姿勢を雑誌などで批判してきた。安保法案については「侵略戦争法案」と著書でも批判している。大学としても、トップと考えが180度違う浅野氏を排除したかったのではないか、という見方もできる。