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「大人の発達障害さん」であるお妻様と「脳が壊れた」僕の18年間

【新連載】されど愛しきお妻様
鈴木 大介 プロフィール

ようやくあたしの気持ちが分かったか

「鈴木サン大変ですねえ」

周囲からそんな苦笑混じりの同情を投げかけられつつ、同棲5年の結婚13年半。おつきあい開始のときは19歳だったお妻様は、今や立派なアラフォー無職である。ああ、大変でしたとも。絶対あんたらが思ってるより激大変だった! 

お願いしても働いてくれないし、不安定なフリーの記者業でシングルインカムは辛かった。18年のうち、大半の時期は炊事も洗濯も掃除も、僕独りで背負い込んで来た。

けれども、実はこの1年ほど前から、お妻様は劇的に変化した。それなりに家事を完璧にこなし、以前は散らかり放題だった我が家は快適に維持されて、僕の担当する家事や家事にかける時間も劇的に減少した。

一体我が家になにが起こったのか!?

別にお妻様の発達障害が直っちゃったワケじゃないのは、上記観察録を見ての通り。

劇的に変わったのはお妻様ではなく、僕の方だ。

photo by iStock

2015年5月、僕は脳梗塞を発症し、軽度の高次脳機能障害を抱えることとなった。

脳梗塞=脳の血管が詰まって脳細胞がお亡くなりになってしまうこと。高次脳機能障害=脳細胞がお亡くなりになったことで、認知機能や情緒コントロールなどに障害が起きること。

だが実はこの高次脳機能障害とは、「後天的発達障害」と言い換えても良いほどに、その当事者感覚や抱える不自由感が一致している。もちろん脳の先天的障害である発達障害と違い、高次脳機能障害はリハビリや時間経過で回復していくという違いはある。

僕自身の高次脳機能障害もほぼ2年をかけて大幅に改善したが、ここがポイント。僕自身が高次脳機能障害を抱えたことは、つまり僕が一時的とはいえ、お妻様と同じ不自由感を味わったということだ。

「ようやくあたしの気持ちが分かったか」。そうお妻様は僕に言い、障害を持つ者の先輩として、僕の障害の受容やリハビリを全面的に支え続けてくれた。その一方で僕は、後悔の念に苛まれまくることになった。

 

「なんで〇〇できないの?」

険しい口調で、いったい何百回、何千回、僕はお妻様のことをなじり続けてきたことだろうか。

語弊を恐れず言うならば、障害とは、機能が欠損しているということ。僕がお妻様に言い続けてきた叱責の言葉は、片足を失ってしまった人に「なんで両足で歩かないの? 遅いから両足で歩けよ」と言い続けてきたようなものだったのだ。なんという残酷なことを、無意識にやってきてしまったのだろう。

なんでって言われても、できないものはできないのだ。

みずからが高次脳機能障害になったことで、ようやくそのことに気づけた。

そして、改めてお妻様がなにができないのか、「何だったらできるのか」を深く考えた結果、僕はそれまで15年以上僕を苦しめてきた「仕事も家の中のことも全部僕が背負う」という重荷から解放され、お妻様に小言を言うことはなくなり、お妻様は家事の大半を担うようになった。現在では1日の家事にかける時間と労力は、お妻様の方が多いぐらいだと思う。  

嗚呼、本気で思う。こんなにもお妻様が動いてくれるなんて、夢のようで、信じられない。色々辛かったけど、脳梗塞になってよかった。

同時に思うのは、これまでの記者活動の中で会ってきた人々のこと。そこには、様々な障害を持つパートナーに苦しんでいる人や、障害を抱えていることが原因で陰惨なDVの被害者となってしまった女性などが数多くいた。

確かに発達障害を抱えた大人は、加害的な面と被害者になり易い側面を併せ持つ。けれども彼ら彼女らは、他に得難いユニークなパーソナリティの持ち主だし、ちょっとしたコツさえつかめば、家族も含めてその障害と共存して平和に家庭を運営していくことは、十分に可能なのだ。

「ちょっとしたコツ」だって、我ながらよく言うわ。実際に僕がそれを獲得するには15年以上の同居生活と自身の脳梗塞経験まで必要になったが、きっとその経緯は世の中のアンハッピーな発達障害さんたちとそのパートナーさんたちに、ちょっとは役立つ情報かもしれない。

世の中のギリギリなカップルや夫婦たちへ、お妻様の辛さを分かってあげられずに叱責し続けた僕自身の人生の懺悔も込めて、僕ら2人の記録を掘り起こそう。

「お妻様、そういうことで連載にしますけど、いいですよね?」

そう聞くと、キラキラした笑顔で人差し指と親指で丸を作ってOKサインのお妻様。

「OKなのね。ありがとう」

「そうじゃなくて、マニー(money)」

貴様そこでギャラの要求ですか!?  コノヤロー分配率は相談させてください。

<次回に続く>

前代未聞、深刻なのに笑える感動の闘病ドキュメント!