深刻な「マスコミ不信」を超えて…これからのメディアの話をしよう

だから僕はNHKを辞めた

JUN HORI

堀 潤

2017.04.10 Mon

「誰でも発信」できる時代に「フェイクニュース」を防ぎ、メディアの信頼性を担保する。そんな無謀とも思える取り組みを続ける堀潤氏がたどり着いた一定の結論は、「オピニオンではなく、ファクト」だ。

氏が運営する『8bitnews』の歩みは、決して順風満帆ではない。さまざまな人々との関わりから、彼はメディアにおける「中立」とは何かについて考え、ジャーナリズムを再定義してきたのだ。

インタビュー後編では、堀氏がNHKの人気キャスターの座を自ら離れた理由、そしてさまざまなメディアを縦横無尽に渡り歩くスタイルについて話を聞いた。

(取材&構成・朽木誠一郎/ノオト、写真・三浦咲恵)

熊本地震で個人のLINE IDを公開

――2016年4月に発生した熊本地震の際、SNSを活用した堀さんの報道スタイルが印象的でした。ご自身のLINE IDを公開されたのですよね。

そうですね。まさにあのときは「誰でも発信」で、情報の信頼性が問われたというか。本震が発生したとき、SNSには被災地からのさまざまな声が溢れました。一方で、デマを流す人もいれば、伝聞によって結果的にウソの情報を流してしまう人もいたんです。

僕はNHKに在職していた当時から個人名を明かしてmixi、Twitter、FacebookなどSNSを積極的に使って発信していましたので災害時にはSOSを含めたくさんのメッセージをいただきます。「堀さん、何とかしてください」と。

熊本地震ではさらに踏み込んだコミュニケーションを試しました。それが「僕のLINE IDを公開します」というもの。

被災者の方で、本当に情報発信の支援が必要な方は、ぜひ連絡してください。写真でも動画でもいいですが、できれば動画でお願いします、と。これはファクトを伝えやすいからという理由もありますが、最近は東日本大震災の頃よりもずっと動画を送りやすくなったのもあります。

そうすると、「〇〇さんから聞いたんだけど、××地区に救援物資が届いていないらしいです」なんて情報がどんどん寄せられました。

「そうですか、念のためもう一度、どこの誰が言っているのか、今も同じ状況が続いているのかを、確かめてみてください」と返信すると、「堀さん良かったです、もう大丈夫みたいです」とか「よく聞いてみたらSNSで回ってきたウソだったみたいです」とか、そんな情報もたくさんあった。

一方で、情報を精査したところ、「やはりこれは緊急性が高い」というものもあって。その方にはスマホでの映像の撮り方をLINEで指南し、送ってきてもらいそれを僕の方で記事化してニュースサイトで発信し、と同時に僕が直接、現地に行って映像を送ってきてださった被災者の方を訪ね、さらに深掘りしてレポートしました。

発信する人と発信してほしい人がマッチしているので、今までは「テレビ? 来んなよ」だったのが「堀さん、堀さん、こっちだよ!」となるわけです。インサイドのかなり奥までカメラが突っ込んで行くことができた。

LINEを公開したことで、「避難所格差」などマスメディアがすぐには気づきにくいことも、先駆けて報じることができました。「避難所格差」は指定避難所とそうではない避難所との間に生まれる格差のことですが、どうしてそれが生まれたかというと、きっかけは東日本大震災なんです。

もともとこの問題は東日本大震災で注目されました。当時、避難者が体育館や公民館に長期滞在するのはしんどかった。その教訓で、調理場があるとか、自衛隊の大型車両が入れるとか、寝泊まりをする上で住民の生活環境が一定以上保たれるところが指定避難所となり、そこに重点的に物資が届くことになっていた。指定避難所ではない、小学校や中学校に避難した人とは状況が大きく異なりました。

そうした情報を事前にご存知の方はほとんどいなかった。そのため、「苦労してたどり着いた避難所なのに、物資がまるでない」ということが起こってしまったわけです。これは当事者の発信を受け取った僕らがネットニュースで発信し、それをみた地元紙が取り上げ、さらにテレビ局が追いかけ、世論を換気し、物資が集まるという結果になりました。

メディアはインタラクティブでなければいけない

――まさに前編で言及があった「当事者が一次情報を発信して、それを専業ジャーナリストが適切に世の中に知らせた」実例ですね。しかし、なぜ堀さんは「LINE IDを公開する」という大胆な行動を起こせたのでしょうか

そもそも僕は、メディアというのはインタラクティブじゃないとダメだと思っているからです。NHKにいた頃、自社の不祥事が起きても「番組では何も言うなと」と上の人間から釘を刺されたことが度々ありました。

でも、僕は謝ったり説明したりするようにしていました。「今日もありましたね、不祥事が。申し訳ないです。さて……」と。上司は「まぁ、しょうがないか」、現場の編集マンは「よく言った!」みたいな感じでしたね(笑)。

それだけではありません。台本があるときは台本を置く。本番でリハーサル通りに会話が進むと「それ、さっきの打ち合わせ通りですね」と正直に言っちゃう。テレビ局の内側の段取り感、そんなの視聴者の方にはバレてるじゃないですか。

報じる側もバレてることを知っているのに、バレていないフリをしている。そんなの、コントみたいですよね。だから、段取りを壊していく。そうしないと、マスメディアなんて信頼してもらえないから。

僕は『ナチスドイツのプロパガンダと大日本帝国下のNHK』を卒論のテーマにするくらい、学生時代からマスコミに対して不信感を抱いていました。戦前・戦後で、日本の主要メディアってほとんど入れ替わりがないんですよね。なかでもNHKが一番影響力が大きいと思ったので、「NHKを変えよう」という意気込みで、就職面接を受けていました。

どうすれば変わるのか。それはやはり、自分たちへの批判も、報道の偏りなどもNHKが自分自身で報道できることだと思ったんですね。だから、インタラクティブが大事なんです。デジタル放送でそうなるかなと思ったら、カラフルなボタンがリモコンについただけでした。

ちょうどその頃にSNS、当時はmixiが流行りだした。そのおかげで、ようやく視聴者とのインタラクティブが実現できるようになったんです。

例えば、当時のmixiには「覚せい剤の使用歴がある女性同士が、どうしたら薬物依存から抜け出せるかの情報を共有する」というコミュニティーがありました。ちょうどある女性タレントの薬物使用が取り沙汰されたときだったので、そのコミュニティーの人たちに取材を申し込んだら、「同じような経験をする人を増やしたくないから」と快諾いただきました。

そうしたら、「7回も子どもを堕ろしました」「職場である病院から注射器を横流ししました」など、他では聞けないような話が次々と。女性たちはテレビで「伝えてほしい」というのです。まさにインタラクティブなSNSと報道のコンビネーションの価値を見出した瞬間でもあります。

その後も、Twitterとテレビ番組との連動は、僕がキャスターをしていた経済ニュース番組でやり出したのが一番早かったんじゃないかな。でも、東日本大震災があって、改革機運に満ち溢れていたチームにもブレーキがかかり始めたのが当時は残念で…。

なぜ、NHKを辞めたのか

――その後、堀さんはNHKを退社されています。

はい。でもね、僕はここで額を切りつけられ血を流したとしても、その血は受信料でできていると思っているんです。

僕が初めてNHKマンとして勤務したのは岡山放送局でした。農家の奮闘ぶりを伝えるために、山奥まで車を運転してカメラを回すと、その度に「わー、来てくれた!」と手を合わせるくらいの勢いで歓迎される。後日、放送をDVDに焼いて渡しに行くと、「これを死に形見にしますから」なんて、涙を流して喜んでくれました。

NHKというのは、情報発信の支援を藁をもつかむ思いで必要としている人がいるから、受信料をいただけている。その受信料のおかげで、いい機材を使って、発信スキルを身につけさせてもらった。これは還元しなきゃいけないですよね。発信を必要としているところに、どんどん発信スキルを持った人を送り込むような、そんなシステムを作りたかった。

でも、どうやらそれはNHKではできないらしいということも、わかってきてしまいました。やれ財界が、やれ政治が、やれ世界の潮流が。そういうものが放送にのしかかってくるようであるならば、そんなのは本当の公共放送ではないと思ったんです。

辞めるか辞めないかというときに、心ある上司が言いました。「堀の考えていることはわかるし、俺たちもそうしたい。でも、NHKでそうするには偉くならなきゃいけない。今は我慢しろ」と。「僕には時間ないんですよね」と伝えました。

自分のモチベーションを維持できるかもわからないし、心と体の健康を保てるかもわからない。次の災害がいつ発生するかもわからない。早くやりたいからNHKを出ます。その代わり、みんなと協力してやりたいです。そう伝えて、辞めました。

――最も影響力のあるマスメディアの、しかも人気キャスターという座を、あっさり退いた印象も受けました。堀さんにとって、挑戦するハードルは高くないのですか?

高くないですね。性善説でいたいと思う一方で、僕はかなりの性悪説の人間で、世の中にまったく期待していません。そう思いたくないという葛藤をいつも抱えています。

というのも、バブル崩壊直後に多感な時代を送った人間としては、学校はウソをつくし、企業はでたらめだし、政治もむちゃくちゃ、メディアも腐っている。早くノストラダムスの大予言が当たって、この世なんて滅びてしまえばいい。それくらいこじらせて、学生の頃はパチンコばっかりやっていました。午前中からパチンコ屋の行列に並んで、道行く人たちを「こいつらが世の中をダメにしたんだ」と睨みつけるような。

でも、この世は滅びなかったし、落ち着いて周りを見渡せば、世の中には不幸がいっぱいあるな、と改めて思った。医者や弁護士にはなれないし、商才もないから、せめて「どうしたんですか?」と聞きに行くことならできる――そういうきっかけなので、特に失うものもない。

世の中はどうしても簡単な方に流れていくものです。キュレーションメディアの問題などもそうですが、「これが儲かるんだ」と言われれば、人件費を押さえ込んだり、立ち行かなくなれば、簡単に首を切ったり……。

だからやっぱり、僕らが生きる大衆社会というのは、無防備であればあるほど、操ろうとする人に操られやすい。僕らは、自分たちが大きな不幸に見舞われたときに、ようやく危機を実感するんです。

これはかつての戦争と同じじゃないですか。歴史に学ばず、過ちを繰り返すのはイヤだな、と。期待はしないけど、挑戦しないのはもっとイヤ。そんな気持ちです。

今では、マスコミにも身を置きつつ、ネットにも身を置きつつ、それぞれのメディアも渡り歩きながら、人びとの営みを絶えず発信することが、やりがいになっていますね。

ネットではよく、マスメディアは叩かれるじゃないですか。でも、中に入ってみると、悪意があって情報を出していない、なんてことばかりじゃないんです。だって、30分のニュース番組というのは、海外のネタ、国内のネタ、気象情報やスポーツでその尺を奪い合うわけで。

「何であのニュースをやらないんだ」というときは、隠したいわけじゃなく、あぶれてしまったということも多い。それには職業ジャーナリストとしては忸怩たる思いがあるし、せっかく取材に答えてくれた人も不満ですよね。

でも、僕のような方法で、さまざまなチャンネルを持って情報発信をしていると、「あそこのテレビで言えなかったことをここのラジオで言おう」「それでも言えなかったことはネットで言おう」「ネットの反響をテレビで紹介しよう」といういいサイクルが生まれます。

僕は今たまたまそれができる位置にいるので使ってください、という気持ちです。

ニュースの民主化を実現するために

――堀さんは「ニュースをみんなのものにする」ことができると思いますか?

地道にやるしかないと思っています。NHKを辞めた直後は、どうすれば社会を変えられるのか、あれもしなきゃこれもしなきゃ、と気負っていましたが、今はそんなことはなくて。

印象的だったのが、NPO法人『Living in Peace』代表の慎泰俊さんと話しているときに、「堀さん、変化はゆっくり起きるんですよ」と言われたんです。

あらためて「そうだよなあ」と思って。急激な変化というのは、要らぬ混乱や対立を生みます。わかりやすいことというのは、どこかに無理があるんです。

日々の所作の中に身についていくような提案を、草の根で続けることが大事だと思っています。あとは、僕より頭のいい人たちがTwitterやLINEのような新しいプラットフォームを作ったら、すぐに乗っかって「一緒にやりましょう!」と言う(笑)。

個人が発信したら責任を持って社会に届ける。「マスメディア」「市民」なんて区別はないし、誰が偉いとかもない。不毛な対立からはさっさと脱却して、どんな業界でも「それいいっすね」と巻き込んでいく。

講談社や毎日新聞、グーグルなどとも連携して、毎月のように一般の方向けのワークショップを開催しています。そうする中で、当事者からの発信が少しずつ増えてきたので、手応えを感じているところです。

また、最近、『GARDEN』という新しい会社を立ち上げました。多くのNPOやNGOがそうであるように、「いい取り組みをしているんだけど発信するだけの余力がない」という人たちの情報発信を専門にお手伝いする会社です。

こうやって、すべてのインフラを駆使して、個人や組織を縦横無尽につなげるハブになりたいですね。

(おわり)
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堀 潤(ほり じゅん)

ジャーナリスト。77年生。01年NHK入局。「ニュースウオッチ9」リポーターとして事件・事故・災害現場等を取材。10年、「Bizスポ」キャスター。12年、UCLAの客員研究員。日米の原発メルトダウン事故を追ったドキュメンタリー映画「変身 Metamorphosis」を制作(京都国際インディーズ映画祭特別賞)。13年よりフリーランス。J-WAVE「JAM THE WORLD」、東京MXテレビ「モーニングCROSS」、AbemaTV「アベマプライム」、毎日新聞「堀潤のソーシャルメディア日記」、雑誌「anan」「Tarzan」「ジュニアエラ」連載。NPO法人8bitNews代表。淑徳大学客員教授。