フェイクニュースに踊らされないための「ただ一つのコツ」

これからのメディアの役割

JUN HORI

堀 潤

2017.04.03 Mon

アメリカのトランプ大統領誕生など「post-truth」(ポスト真実)時代の到来に世界が揺れる中、日本では一部上場企業のキュレーションメディアの問題が取り沙汰された。共通するのが「フェイクニュース」の存在だ。

ソーシャルメディアが発達し、誰もが発信者になり得るこの時代に、どうやって情報の信頼性を担保するのか。メディア関係者が頭を悩ますこの問題に、ジャーナリストの堀潤氏は、6年も前から取り組んでいる。

同氏が2012年に立ち上げた『8bitnews』は、メディアを生業にしていない人でもニュース動画を投稿できるサイトだ。元NHKキャスターという経歴を持つ彼は、なぜ「市民メディア」という、これまで日本では目立った成功事例のない領域で挑戦を続けるのか。

前編では、堀氏がたどり着いた「市民メディア」が成功するための条件と、インターネットやスマートフォンの普及により変わりゆく「市民」「メディア」それぞれの役割について話を聞いた。

(取材&構成・朽木誠一郎/ノオト、写真・三浦咲恵)

「オピニオン」だけでは議論が前進しない

――堀さんは「ニュースをみんなのものにする」という挑戦をしています。しかし、「誰もが発信できる」ことで、「フェイクニュース」のような問題が起こったとも考えられます。メディアを民主化しながら信頼性を担保するには、どうすればいいのでしょうか。

これは僕の中で一定の結論が出ていて、「オピニオン(意見)ではなく、ファクト(事実)」ということに尽きると思います。

「ニュースをみんなのものにする」という理念で『8bitnews』を立ち上げたのが2012年の6月。初期には「信頼性のチェックが不十分だ」とご批判をいただいたこともあり、試行錯誤を繰り返しながら運営を続けてきました。

いわゆる「市民メディア」を運営していた先輩方にお話を聞いて回ったこともあります。そこでわかってきたのが、「オピニオンで人を集めた組織はどこかで内部分裂する」「運動体が運動を維持するために過剰・過激になっていくのは必然」ということです。

だから、一次情報を持っている人同士が、より専門性の高い知識、つまりファクトを差し出し合うようなメディアを作ることが一番の理想でした。

賛成か反対かのオピニオンだけでは、議論が前進しないんですよね。

例えば、安保法制の問題。あんなに議論した割には、「今どれだけの人が安保法制に関心を持っているのか?」といえば、微妙です。もっと、賛成、反対、それぞれのファクトを出し切らなければならなかったんじゃないか。

僕は安保法制が取り沙汰されている時期に、議論のファシリテーターをする機会があって、両方の立場の人に「安保法制が何個の法律から成り立っているか知っていますか?」と聞いたことがあるんです。

答えは11で、それらが2つの法律でパッケージになっている。さらに、「集団的自衛権と集団安全保障の違いを説明できますか?」とも聞いてみると、1〜2割の人しかわかっていなかった。ちょっと待って、あんなに「賛成だ」「反対だ」と言ったじゃないか、と。法律の中身を実は理解していない、イメージで議論するのはとても不毛だと思いました。

「問題の本質は何か」がわかって、ようやく「その問題を解決するためにどこから手をつければいいのか」というステージに上がることができる。だからまず、しっかり事実を知って、その上で具体的にどこが問題なのか、議論の争点化できるところを洗い出しましょうよ、って言いたくて。

そのために必要なのは、やっぱりファクトなんです。

安保法制だったら、「集団的自衛権には反対だけど、集団安全保障には賛成できる」という意見がもっと聞かれてもいいし、その逆も然りです。それなのに、賛成か反対か、まるでオセロをするような議論を迫る情報発信が目立ちました。

イメージでの議論から決別するような提案を、プロであるはずのメディア側がしていかないと、とたんにトランプ現象みたいなことが起こってしまうのではないでしょうか。

当事者が持つファクトにこそ価値がある

――「ニュースがみんなのもの」になった世界では、いわゆる「市民」の役割というのは、どう変化しますか?

今までの「ジャーナリスト」は、メディアを専門にしている人。「それ以外は入って来るな」という雰囲気がありました。でも、そこで疑問に思ったんですよね。

どうして医師の方が病気について発信しちゃいけないの? 主婦の方が子育ての体験を発信しちゃいけないの? なんでバカにするんですか? それはジャーナリズムじゃないんですか? 

マスメディアが「市民」と言うとき、「プロとアマ」みたいな関係性を勝手に思い浮かべていると思うんです。たしかに、一般の方はテレビカメラの撮影ができるわけでも、映像の編集ができるわけでもありませんから、発信スキルについてはそうかもしれない。

でも、情報の純度についてはどうか。考えてみれば、マスメディアが話を聞きに行く社会問題の当事者こそ、その件の専門家じゃないですか。

待機児童の問題は子育て中の親たち、成長戦略を聞くならメーカーの技術者たち、働き方改革ならサービス残業に身を費やす会社員など、私たちが取材で関わる当事者のみなさんがファクトを持っている。

当事者が持っている情報の価値や純度というのは、とても高いんです。わかったようでわかっていないことっていっぱいある。そうした一次情報を大切にせず、イメージで社会の空気をメディアが決めてしまう、これって「post-truth」そのものなんじゃないか。トランプ現象だと騒ぎ出す前からずっとあるんです。

当事者の声に耳を傾ける機会というのは、普通に生活していたら少ないのかもしれない。生活や労働のスタイルも多様化し、実はよその島で何が起きているのか、なんとなくしかわかっていない、これって緩やかな分断ですよね。「post-truth」とか言われるけど、社会の分断自体は実はそこにずっとある問題です。それをどうやって埋め合わせるか。

でも、それこそ社会の分断ですよね。「post-truth」とか言われるけど、分断自体はずっとある問題で、どうやって埋め合わせていけばよいか。

TPPの問題であれば、農家の方が自分から「この野菜の価格を見てください」と発信する。原発の問題であれば、作業員の方が「今日も現場に新人が来たけど、10代の子たちが放射線について何の知識もなく作業しています」と発信する。当事者から情報がどんどん上がってくるようにすればいい。

個人が体験を発信することで、このような状況は変わっていくと思っています。今はスマホという、4K動画が撮影できるような機械を、誰でもポケットの中に持ち歩いているのだから、活用しない手はない。何でも消費できちゃう世の中ですから、消費者から生産者側に回ってみるのもいいのではないでしょうか。

自分のスマホのカメラを通して伝えてみようとして世界を見たときに、「誰に話を聞かなきゃいけないんだっけ」とか「自分の目に触れるニュースも世の中をこうやって切り取っているのだろうなあ」とか、初めてわかることがあるはずです。

ただ、発信のスキルがまだ不足している人にとって、文字で発信するのは大変です。「てにをは」レベルの違いが誤解を生むし、筆は走ってしまうもの。だから『8bitnews』の発信形式は動画のみにしています。

「誰でも発信」時代のジャーナリストの仕事とは

――では、発信の「プロ」であるはずの、メディア側の役割はどうなるでしょうか。正しい意味でのキュレーターになるのか、あるいは別の新しい何かになるのか。

職業ジャーナリストの仕事は、「得られたファクトを公平に並べる」ことも大事ですけれど、それ以上に、「正解がないんだ」ってこと、「世の中は複雑性に満ちているんだ」ってことを提示して実証することになるのではないかと思います。

ジャーナリストたちには蓄積された知識と情報の良し悪しを嗅ぎ分ける経験、そして裏付けを取るための人脈を築いていることが強みです。

僕は毎年、職業や年齢の差を超えて議論するイベントに呼ばれて参加するのですが、そこである高校生がいいことを言っていました。議論のテーマが「メディアの中立とは何か」だったのですが、彼は「極論を知って議論を続ける状態のこと」である、と。

「結果としての中立」ではなく、「“こうじゃないか”“これはおかしい”と議論を続けている状況こそが中立」と考えたんですね。単にAさんの回答とBさんの回答を並べました、ハイ中立です、ではなく、やり続けるのが中立。非常に納得しましたし、これが自分の役割だと思いました。

玉石混交を生み出すようになった「誰でも発信」というものと、これからメディア側がやらなきゃいけないものは、ぜんぜん違うというのが大前提です。メディアの人間の数は限られているし、一回論調が定まってしまうと、それ以外のファクトを見落とすこともある。

だから、いわゆる「市民」の方々にはファクトをどんどん出してもらって、それを専門のジャーナリストたちが歴史的背景やこれまでの取材で積み重ねた情報をもとに、より大局観を持った分析をしたり、当事者では気づけないことを掘り下げたりしていくべきなのではないでしょうか。

さまざまな一次情報がいろんな方向から上がってくることがメディアの多様性であり、それを実現するのが真の意味での「市民」と「メディア」の融合なのではないか、と思っています。

――堀さんは、「誰でも発信」できる時代に信頼性の低い情報、つまり「フェイクニュース」を防ぐためには、どうすればいいと思いますか?

「フェイクニュース」への対策というのは、実はとてもシンプルです。

まず、「それがオピニオンなのかファクトなのか」を確認することから始めると良いのですが、どうそれを見分けるか。まず確認してほしいのは「主語の大きさ」ですね。

「日本は右傾化している」「若者が草食化している」などとよく言われますが、「日本」って誰だろう、「若者」って誰だろうと思いませんか? 

意外とみんな主語が大きいんです。これはマスメディアでも同じで、気を抜くとすぐに「被災地は今も苦しんでいる」なんて言ってしまう。これに対して、「うちはもう立ち直っている。今さら被災地なんて言われたくない」と怒る人もいれば、「うちは今も仮設住宅です。これで何年目の冬だろう」と嘆く人もいる。

どちらも事実なんです。主語を大きくした途端に、このような論調が、地域に余計な分断をもたらしたり、一般社会に誤解を与えたりしてしまう。

だから、主語はできるだけ小さくしなければいけません。「(福島県の)浜通りでは〜」ではなく、「浜通りの○○町で中華料理店を営んでいたAさんは〜」と。「Aさんが今こういう気持ちでいる」というファクトには、反論がないはずです。

そして、このようなファクトこそ、人びとの行動を呼び起こす。

「そうか、あのおやじのところが再開したのか、顔を出してみよう」とか、「まだ再開できないのか、じゃあ東京の復興フェアへの参加を打診してみよう」とか。

当事者が固有名詞でファクトを出し合う。その数はあればあるほどいい。それを職業ジャーナリストが適切な方法で世の中に伝えていく。小さな主語であれば、それがファクトかフェイクかも検証しやすいですしね。

残念ながら今までは、「マスコミvs市民」「マスコミvsネット」「マスコミvsフリーランス」とか、さまざまな対立軸で語られることが多かった。でも、こんな風に一緒にやるのが一番じゃないですか。

「知らない」ではなく「見ていない」だけ

――情報の受信者側も、わかりやすいものを求めてしまう傾向があるのでしょうか。

僕は『みんなの戦争証言アーカイブス』という取り組みに参加しています。太平洋戦争の経験者の方々はもうかなり高齢だから、できるだけ戦争を体験したみなさんの証言を集めておきたいという主旨のプロジェクトです。

その取材のときに、意外なことがわかったんです。戦時中の新聞は大本営発表に加担したと批判されますよね。軍国主義に染まり、国民を扇動して……というやつです。

でも、よくよく取材してみると、(当時は)「新聞? 読まないねえ」「ラジオ? 聴かないねえ」という返答が多いことに気がつきました。

それより今の生活をどうするか、どうやって自分の夢を叶えるかの方が重要で、もういっぱいいっぱいだったと言うんですよね。国も私たちを不幸のどん底に突き落とすようなことはしないだろうとたかをくくって、家庭や職場でわざわざ政治のことなんて持ち出さなかった。今と同じですよね。

ただし、もちろんこれはメディア側の責任でもあります。例えば、8月6日は「ハチロク」と言って、テレビは各社一斉に戦争関連の企画に力を入れます。

でも結局、そこで出てくるストーリーでは、究極の悲劇を語るしかない。だって、(番組の)尺は数分〜数十分しかないから。こんなに酷いこと、辛いこと、悲しいことがあった。だから戦争はいけないよね、と。

しかし、物事を単純化してわかりやすくしようとすると、こんなにも安直なメッセージになってしまう。もちろん間違いではないけれど、これはあくまで太平洋戦争のひとつの側面ですよね。それを自分たちの伝えたいことの中に当てはめて消費してしまっている。

このような報道に慣れ親しんだ視聴者は、必然的にわかりやすい情報を求めるようになってしまうでしょう。究極的な悲劇が発生する前段の日常、淡々とした日常にこそ伝えるべき時代の「ゆらぎ」のような変化があるはずだと思っています。ドラマチックでもなんでもない、日々の暮らしを伝え検証する発信が必要だと思ったのです。

以前、『犬神家の一族』などに出演された名脇役・加藤武さんに証言していただいたことがありました。亡くなる半年前くらい、ちょうど安保法制の時期でした。

そこで僕がうっかり「政治家のみなさんも戦争を知らない世代だから、おっかないなあと思うんです」と言ったら、机をドンと叩くわけです。

「戦争を知らない世代っておかしいねえ」
「どうしてですか」
「起きているじゃないか。太平洋戦争が終わってから、朝鮮戦争、ベトナム戦争、イラク戦争、最近はイスラム国って言うんだっけ?」

確かにそうです。

この70年以上、戦争が途絶えた年はない。

加藤さんは言いました。

「知らないんじゃない、見てないだけだよ」

今でも、シリアや南スーダンのニュースを伝えたいと思っても、わかりやすいニュースがトップを飾ります。身につまされましたね。

(後編につづく)
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堀 潤(ほり じゅん)

ジャーナリスト。77年生。01年NHK入局。「ニュースウオッチ9」リポーターとして事件・事故・災害現場等を取材。10年、「Bizスポ」キャスター。12年、UCLAの客員研究員。日米の原発メルトダウン事故を追ったドキュメンタリー映画「変身 Metamorphosis」を制作(京都国際インディーズ映画祭特別賞)。13年よりフリーランス。J-WAVE「JAM THE WORLD」、東京MXテレビ「モーニングCROSS」、AbemaTV「アベマプライム」、毎日新聞「堀潤のソーシャルメディア日記」、雑誌「anan」「Tarzan」「ジュニアエラ」連載。NPO法人8bitNews代表。淑徳大学客員教授。