医療・健康・食

余命1年の宣告から1年…がん「代替療法」を選んだ私のいま

働き盛りのがん闘病記(6)
朱郷 慶彦 プロフィール

しかし、ゲルソン療法で治ったという人間が多いのも事実なのである。山田の立場としては、この事実を見て見ぬふりはできぬ。(山田って誰だ? という方は、なにせ9ヵ月ぶりの連載再開……ええい、面倒臭いわっ。とにかく分からなければ、連載第4回を読むこと!http://gendai.ismedia.jp/articles/-/48558

早乙女 vs. 山田の闘いは、常に冷静沈着、理論的な早乙女に有利に進みがちであるのは洋の東西を問わない。

ゲルソン医師の生存中から、やはり「食事療法などで、がんが治ってたまるか」という意見は根強く、現在に到るまで民間療法の扱いを受けている次第である。

星野医師「奇跡の生還」

ここで、20世紀後半の日本に、星野仁彦(よしひこ)という医師が登場する。

星野医師は、昭和22年生まれの精神科医である。特に児童精神医学分野では第一人者として有名な医師だという。42歳の時に大腸がんにかかり、その後、転移性の肝臓がんも併発し、5年生存率0%と診断される。

なにしろ5年後に生きている可能性がゼロという末期がん患者である。しかも自身も専門は違うとはいえども医師は医師である。手の施しようがないというのが正直な気持ちだっただろう。

しかし、星野医師の凄いところは、絶望せずに他の方法を模索したところである。そして、ゲルソン療法に行き当たる。

変わり者というのはどこの世界にもいるものだ。星野医師は日常生活で実施はほぼ困難だと思われるゲルソン療法を、忠実にやってのけた。まあ、生存率ゼロだから、駄目もとというのはこのことだろう。本人いわく「ゲルソン療法と心中するつもりだった」とか。

そして、徐々にがんは消えていき、ついには完全になくなってしまった。がん罹患から25年以上経つ今でも、再発の兆候はまったく見えないという、まさに「奇跡の生還」を遂げたわけである。

星野医師の凄いところは、ここからである。

ゲルソン療法は、80年近く前のドイツで生まれた食事療法だけに、現代日本で忠実に実施するのは、星野医師ほどの変わり者でもない限り(星野先生、申し訳ありません)、非常に難しい。

そこで星野医師は、日本人でも実行しやすい療法にアレンジして、相談にやってくるがん患者たちに勧め始めたのである。

噂を聞きつけた末期がんの患者たちが次々と星野医師のもとを訪れ、日本風にアレンジされたゲルソン療法を実施していった。そして、驚異的な治癒率を示すに到る。

いつしか星野医師がアレンジした療法は、「星野式ゲルソン療法」と呼ばれるようになり(まあ、そのままのネーミングだが)、日本の代替療法の王者とも呼ぶべき地位を築くに到ったのだ。

(第7回はこちら http://gendai.ismedia.jp/articles/-/51233