Photo by iStock
医療・健康・食 現代新書

働き盛りのがん闘病記(6)~余命1年の宣告から1年…がん「代替療法」を選んだ私のいま

ほぼ同時進行ドキュメンタリー

〔前回までの話〕2015年11月、働き盛りの私の身に、思いもよらぬがん宣告が下された。ステージIVAの末期がん、余命は1年。私は医師がすすめるがんの標準治療ではなく、代替療法でいくことを選んだ。私がたどり着いたお金と時間をかけないがん治療法とは? 作家の朱郷慶彦さんが綴る、ほぼリアルタイムで進行する闘病ドキュメンタリー第6回

(第1回はこちら

で、結局病状は?

前回は、休載期間中に私の身に起こった諸々の出来事について縷々述べたわけだが、何だか同窓会で久しぶりに会った同級生の女の子に近況を報告しているうちに二次会で愚痴話へと発展し、気づけばホテルで寝物語をしているような展開となってしまった(第5回「連載休止中の9ヵ月間、末期がんの私の身に起こっていたこと」)。

休載期間中の出来事については、まだいくらでも詳細に語れるのだが、これ以上私の近況に興味を持っている人間は、債権者を除けばそれほど多くはないだろう。

いくら、ゆるさが売り物の闘病記とはいえ、闘病記は闘病記である。このまま病状について書かないで終わってしまえば、クリームの入っていないクリームパンみたいなものだ(それを世間ではコッペパンと呼んでいるらしいが)。

そこで、前回までの連載で公開して以降の、私の病状、治療法、そしてその結果についてお伝えしていきたいと思う。

会社が経営危機を迎える2016年7月までは、私はありとあらゆる代替療法を試してみた。

必ずしも、それらの治療法がすべて効果があったわけではないものの、これらの実践的な知識と経験から、私は「何をして何をしないか」という取捨選択をする「選球眼」を養うことができたのだと思う。

そうした「選球眼」のお陰で、結果的に現在の、お金と時間をかけないがん治療法へと行き着いたと言ってもよいだろう。

* * *

まず、2017年2月5日現在の、末期がん患者としての私の現状を記しておきたい。

今書いて改めて感じたのであるが、2015年12月15日に余命1年の宣告を受けてから、約1年1ヵ月。

年齢も51歳となり、幸いにもまだ生きているんだなぁ。見事に余命はクリアした。いま病院に行ったら、あと何年生きるって言われるんだろう。

ちなみに、中咽頭がんで死亡する場合の病状変化の最有力候補である肺や胃への転移もまだ見られていない。

 

最も大きな変化は、体温に現れている。

私は小さいころから低体温体質で、ずっと35.4度くらいが平均体温であった。そんな私が熱を出して36.5度になろうものなら、それはすでに高熱だ。36.5度でも寒気はするし、体の節々が痛くなって、だるくなる。しかし、小学生の頃は保健室に行って、熱を測れば36.5度でも、保健の先生から「平熱だから大丈夫ね」などと言われて休ませてもらえなかったものだ。

実は、がん患者に共通する体質とは、この「低体温体質」なのである。

がん細胞は35度台の低体温で活性化し、繁殖する。逆に、高熱になるほど活動は鈍り、42.5度で死滅すると言われている。マラリアにかかったがん患者が2週間以上、40度以上の高熱を発したところ、がんが治っていたという症例もあるらしい。

この続きは、プレミアム会員になるとご覧いただけます。
現代ビジネスプレミアム会員になれば、
過去の記事がすべて読み放題!
無料1ヶ月お試しキャンペーン実施中
すでに会員の方はこちら