クリストファー・シムズ教授(左)〔PHOTO〕gettyimages
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話題の「シムズ理論」はデフレ脱却の切り札なのか? 極論に要注意
政治的思惑に振り回されるな

マクロ経済学者の苦闘

このところ、国内の経済論壇は、「シムズ理論」の話題で持ちきりである。「シムズ理論」とは、正確にいえば「物価の財政理論(the Fiscal Theory of Price Level)」、略して「FTPL」といわれるものである。

この「FTPL」自体は、1990年代の終盤から2000年代前半にかけて、当初は、主にアメリカのマクロ経済学者の間で「理論的な可能性」として議論されたものである。

プリンストン大学のクリストファー・シムズ教授の他、同大学のマイケル・ウッドフォード教授、インディアナ大学のエリック・リーパー教授、スタンフォード大学のジョン・コクラン教授らが主な提唱者である。

FTPLに関する論文は多岐にわたり、(筆者にとっては特に)数学的にも難解な部分があるので、一言でいうのは難しいが、ざっと次のような考え方といったらいいだろうか。

「『積極財政に転じることで生じた政府債務を将来の増税によって返済していく』という標準的なマクロ経済学で採用されている制約条件を取り除いた場合、政府債務(対GDP比率)の実質的な価値は、物価の上昇によって将来のプライマリーバランスの黒字の合計額とバランスする」

要するに、政府債務の拡大によってインフレ率が上昇する局面が理論的にはあり得るということだ。

 

そもそも、このFTPLは、標準的なマクロ経済モデル(「ニューケインジアンモデル」といわれる)の抱える問題点の1つの解決策として提示されたものである。

その問題点とは、金融政策が「ゼロ金利制約」に嵌ってしまった場合(すなわち、政策金利がゼロ近傍まで低下してしまった場合)、モデルが理論的に一意的な解を求めることができない点にあった。

「ゼロ金利制約下では、標準的なマクロ経済モデルで理論的に唯一の正しい解を求めることができない」ということは、標準的なマクロ経済理論では、デフレに有効な金融政策(正確に言えば金利政策)の処方箋を導き出すことができないということを意味する。

確かに現実の金融政策では、QE(量的緩和)政策などが実施されており、リフレ派はこの政策の正しさを経験的に主張している。だが、これを標準的なマクロ経済モデルの枠内に取り入れて、その効果を実証するのは非常に難しく、「QE政策とは何か?」ということが長い期間、議論されてきた。

だが、QE政策をマクロ経済モデルに組み込んでも、一意的な解を求めることはできず、マクロ経済学者は苦闘してきた(もっとも、理論的な解が出ないという問題と、実際の政策に適用することが困難であるということはまったくの別問題であると思うが)。

このような状況下で、FTPLの枠組みは、ゼロ金利制約下で一意的な解を導き出すことを理論的に可能にした。

そのため、FTPLの議論は、リーマンショック後のアメリカのマクロ経済学関連の学界で復活しつつある感が強い。2016年4月には、前述のFTPLの論客らを中心に、シカゴ大学で、「The Next Step for FTPL」というシンポジウムが大々的に行われた。

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