地震・原発・災害 台湾

日本人が知らない、3.11で台湾から届いた義援金200億円の真実

日台をつなぐ名も無き人々の感動秘話
木下 諄一 プロフィール

フィクションとノンフィクションの境界について

――5つのカテゴリーのなかでも子供たちの話から始まっていますよね。

そこは2つ目にぶつかった大きな壁と関係しています。というのも、「台湾」というとどうしても政治的な問題と結び付ける人が出てきますが、僕のスタンスとしては政治的な考えをいれたくなかったんですね。

そこで、物語の進行上、触れなければならない場合を除いて政治の話には触れないでおこうと考えたんです。日本統治時代の話は政治色が濃いですし、台湾でも反応はさまざまです。ですから、どうしても今の人達の話とくっつけたかったんですね。そこで、先に小学生の話を持ってきたんです。

――そういう意図だったんですね。募金運動はあらゆる小学校で行われていたのでしょうか?

取材した限り1元ずつ集めたというのは1校だけですが、他にもバザーをやったり、募金を集めたという学校はありました。大学ではもっと積極的に募金活動が行われていましたし。ですから、作品内では台湾各地で起きていた運動を幾つか組みあわせてフィクションを構築しています。

実はこの本を書くに当たり、3つの壁がありました。2つは先にお話しした通りですが、3つ目がフィクションとノンフィクションの境界をどこに置くかということだったんです。

――そこまでフィクションにこだわられた理由というのは?

出版されるかどうかも分からない状態で書きだしたワケですが、仮に日本で出版できたとき、僕の家族や友人を除けば木下諄一の小説を読みたいという人はいないと思うんですよ。手に取る方は、台湾のことが知りたい方だと思うんですね。

その時、これが有名な作家が書いたものであれば、読者は自然に「これは取材に基づいて書かれたフィクションだ」と捉えると思うんです。

しかし、名前の知られていない台湾在住の作家が書いたものだというと、ノンフィクションだと捉えられる可能性が高い。その頭で読んで、実際の話と少しでも違った時に「ここは事実と違う!」と、だまされた気分になるようなことがあってはならない、そう思ったんですね。

ですから、フィクションとして読みながら、ノンフィクションを感じていただけるような小説にしようと。

 

――なるほど。ちなみにどのようなルールで境界を設けたのでしょう?

基本的に物語の中枢部分は事実で、周辺部分はフィクションです。その比率はどれぐらいかというと、パーツの70%はノンフィクションですが、それらを組み合わせているので、それをフィクションだといわれれば、フィクションの比率はぐっと上がるという感じです。

――当時の台湾で多発的に起きていたことが並列されていることで、台湾という「場」が描かれていると感じました。食文化、生活習慣、常識、思想といったディテールの描写も「台湾ってこういう国なんだ」という思いに繋がっていきましたし。

そこは一番書きたかった部分なので、そう感じていただけたのは嬉しいです。最終的にいきつくところは「日本の方に台湾のことをもっと知ってもらいたい」ということなので、この本がその役に立てばいいなぁと思っています。